生きて仕える
暗闇の中に、見覚えのある光があった。
黒碑の前で呼び戻した魂だ。声も呼吸も聞こえないのに、すぐそばにいると分かった。
(テオヴァルドだ。生きてる)
確かめようとしても、瞼は動かなかった。
自分の身体だけが止まっている。思考を向けても、指はまだ、あの広間で少年を抱いていた時刻から進まない。
魂の側で小さなオルビスを組み、身体へ最初のフォルマを送った。そこから次のフォルマへとつなぐと、寝台の軋む音が聞こえた。
粥の匂いがする。瞼を持ち上げると、寝台の脇にテオヴァルドが座っていた。
胸には包帯が巻かれている。目の下の隈を見て口を開いたが、声は出なかった。呼吸と喉へ、もう一つフォルマを通す。
「……戻ったよ」
少年が身を乗り出した。名前を呼びかけ、声にならないまま寝台へ額を押しつける。痩せた肩が震えた。
髪へ手を置くまでにも時間がかかった。
「皆は、無事?」
「洞からは、全員。ただ、外は三か月も過ぎていて……。僕たちは二日ほどしか歩いていなかったのに」
掌の下で、少年が息を吸った。オーレリアンはそれを聞きながら、失った季節を数えようとした。
「私は、どれだけ眠ってた?」
「戻ってから、数日です。ノエが、あなたの光で開いた穴をたどって。外にいた人たちも、ミラさんも、ずっと看てくださいました」
窓の向こうでは、家の屋根に草が生えていた。泥に沈んだ道を、桶を持つ人々が歩く。到着した日の水路は、さらに埋まっていた。
少年が顔を上げた。
「僕だけが戻って、オーレリアン様が戻らなかったらと……」
「二人とも戻った。だから、もう勝手に――」
涙に濡れた目が、こちらを見た。
「では、オーレリアン様も」
言葉が止まった。胸の傷を押さえていた自分の手も、あの時、誰の返事も待たなかった。
「君に告げず、私一人で死ぬことは選ばない。約束する」
袖を握る指が緩んだ。
包帯の下には、白銀の傷跡が残っていた。オーレリアンが目を落とすと、テオヴァルドは自分から布をずらした。胸は静かに上下している。
「痛む?」
「いいえ。起きている時も、眠っている時も」
その返事を聞いてから、ようやく息がつけた。
自分が起き上がろうとすると、背中へ手が回った。助けられて、寝台の縁に座る。今は彼の方が、ずっと自由に動ける。
「洞で聞いた話だけど。私の騎士になることは、今も望んでる?」
「はい。僕は、あなたのそばにいたいです」
「命を返すためなら――」
「違います」
思いがけず強い声だった。テオヴァルドは視線を落としたが、言い直さなかった。
オーレリアンはしばらくその横顔を見て、うなずいた。
「では、皆に証人になってもらおう」
◇
三日後、礼拝堂には、残った壁際まで人が並んでいた。
洞から戻った者も、地上で三か月を耐えた者もいる。崩れた屋根には布が張られ、祭壇の手前だけが掃き清められていた。
オーレリアンが現れると、誰かが膝をついた。続く人々の衣擦れが、広間へ波のように広がる。
「立て。今日ここで膝をつくのは一人だけだ。皆には、その誓いの証人になってもらいたい」
男爵杖の銀環は、洞で欠けたままだった。
その前へテオヴァルドが進んだ。借りた礼装の袖は少し短く、包帯の取れた手首が見えていた。片膝をついても、その手は震えていない。
「テオヴァルデリオン・ヴェイル。神の御前に、信義を守る騎士たれ」
「誓います。生きて、あなたにお仕えします」
銀環を両肩へ触れさせた。
「我が名において、テオヴァルデリオン・ヴェイルを騎士に任ずる」
杖先が胸元で止まった。傷跡は、布の下に隠れている。
「立て、我が騎士」
「はい。オーレリアン様」
テオヴァルドが立つと、手を叩く音がした。やがて広間を満たすほどの拍手になる。帝国式の叙任には含まれない作法だったが、止める者はいなかった。
戸惑う少年へ、オーレリアンも笑った。
礼拝堂を出る時には、テオヴァルドは一歩後ろへ下がらず、傾いた石段の隣に立って待っていた。




