増える言葉
圧板が下りるたび、同じ文章が紙に刷られていく。
オートマタが持ち上げると、職人が刷り上がりを抜く。干された紙は梁の下から窓際まで並び、読本に載るパンと器の絵が、工房いっぱいに増えていた。隣の台では文字の型を拾う手が動いている。
読本が刷り上がったと聞いて訪れた工房で、テオヴァルドは、乾いた一枚を広げていた。頁の順はばらばらで、逆さになった絵もある。職人が折り方を教えると、パンの絵が先頭に来た。
「これを、学校へ持っていきたいです」
「綴じたものもありますよ。一冊でよろしいですか」
奥の机にいたロートが答えた。学校で使う分に加え、彼の商会へ卸す分も刷っているのだ。
値を聞いた少年は、もう一度、手の中の頁を見た。
「それなら、二冊ください。自分の分も欲しいので」
圧板の高さを変えているハルドに、オーレリアンは気づいた。渡した時にはなかった留め具で、紙の厚みに合わせて調節している。
「私が渡した時より、使いやすくなったね」
「届く紙の厚さが揃わないので。これなら、途中で別の紙に替わっても刷れます」
絵は彫った版を使い、文章は文字の型を組み替える。圧板を作り、必要な型を揃えてからは、職人たちに任せていた。
ヨナスが見せてくれた原稿には、読本の続きに交じって、工房で使う計算を教えるものや、詩もあった。
「こちらも、皆さんから?」
「刷れると分かってから、持ってこられるようになりました。読本の続きを書きたいのですが、人のものを読む方が忙しくなってしまって」
買った本を手に、テオヴァルドもそばへ来た。
「これを読み終えた子には、物語を渡せませんか」
「書いてくださる方を探しているところです。私が選ぶと、どうしても教訓のある話ばかりになりまして」
「西で聞いた話なら、いくつか覚えています。エルネリス様に、書いてもいいか聞いてみたいです」
今度は、オーレリアンへ顔を向けた。
「抜けている所があったら、教えてくださいね。続きを勝手に作ったら、叱られそうなので」
「あの人なら、違う結末も読みたいと言いそうだけど」
「僕が聞いた方を、先に残したいです」
ヨナスから紙を分けてもらうと、少年はしばらく考えてから書き始めた。
二冊の代金を手に、ロートが笑った。
「この値なら、子どもが習い始めた家にも売れます。これまでは、本を探してくれと頼まれてから仕入れていたのですが、今度はほかの町の店にも置いてみたい」
町の外でも売ると聞いて、ヨナスは束の下にあった原稿を取り出した。
「それでしたら、閣下に伺っておきたいことがあります」
◇
ある司祭が、故郷を追われるまでの経緯を書き綴っていた。誰に何を問われ、自分はどう答えたか。そのあとには、追放を命じた司教への反論が続いている。
「書いた方は、ここに?」
「はい。学校の本とは別に、これも刷れないかと相談されています。書かれたことは、私の方でも確かめるつもりです」
ロートが覗き込み、途中で口を結んだ。
「これを扱うなら、売り先は選ばせていただきたい。読本と一緒に並べられる店は、多くありません」
ヨナスは頷いたが、原稿をしまわなかった。
「教会で使う本なら、教える者が内容に責任を持ちます。ここは領主の工房ですから、外では閣下も同じお考えだと受け取られるでしょう。ご意見の異なるものまで、出してよいのでしょうか」
「全部同じなら、一冊で足りる。学校で使う本は君たちが選んでほしいけれど、ほかは書いた者の名で出そう。私が賛成するものしか刷れないというのでは、せっかく集まった原稿がもったいない」
ロートは笑ったが、ヨナスの表情は晴れなかった。
「ただ、名前を載せても、なぜ刷らせたのかと問われるのは閣下です」
「だろうね。意見に賛成するのと、話す場所を貸すのは違う。そう答えて、納得してくれる相手ばかりじゃないだろうけど」
(俺の悪口も、そのうち立派な本になるんだろうな)
「名前を出すことは、本人も承知している?」
「はい。故郷の司教にも読んでいただきたい、と」
オーレリアンは受け取った原稿を、初めから開き直した。
「なら、読ませて。何があったのか、私も知りたい」




