教わる人
「司祭様も、宿題があるの?」
隣の机から覗き込まれ、ミラは書きかけの頁を手で隠した。
「あります。ですから、お互い、先に終わらせましょうね」
子どもは自分の紙へ戻った。すぐ後ろに座ったオーレリアンには、彼女の指の下に、何度も計算を書き直した跡が見えていた。
会議を終え、ミラに教師を紹介してもらおうと学校へ来ていた。仕事着の大人が聖典を開き、その隣では子どもが文字をなぞっている。
教壇に立つヨナスは、伯爵の姿を見ても授業を止めなかった。
「ミラさん。答えだけでなく、どう考えたかも聞かせてください」
同じだけ粉を挽いた三人に、報酬をどう分けるか。聖典の「公平な報い」から始まった授業は、その問いで長引いていた。
「三等分にしました。でも、道具を借りた人だけ、そこから借り賃を払うなら……」
借りた本人が払えばいい、と工房帰りの男が言った。初めから道具を持つ者ばかり得をする、と別の机から声が上がる。ミラも隠していた紙を出した。
隣へ顔を寄せ、テオヴァルドが声をひそめた。
「オーレリアン様なら、どうしますか」
「皆で使う道具を用意すれば、借り賃を引かずに済むね」
「それは、ここならできることです」
ミラに聞こえていたらしい。差し出された紙の計算は合っていたが、余白には、どの分け方にも困る人のことが書き添えてあった。
「ほかの町で相談されても、お答えできるようになりたいんです」
「現物を作って済む話の方が、私は得意だよ」
◇
「計算ばかり直していると思いましたか」
授業のあと、ミラが尋ねた。
「最初はね。隠すから、なおさら」
「間違えてもいい場所くらい、私にも欲しいです」
廊下では、工房へ戻る者と、これから習いに来た者がすれ違っていた。ミラによれば、売り買いの約束を自分で読めるようになった者が、家族も連れてくるのだという。午前だけでは教室が足りず、教師を求める声はほかの町からも届いていた。
紹介された若い聖職者は、かつて司教のもとで教えていた。追放された司祭へ寝床を貸し、自分も居場所を失ったのだという。
「故郷では、学費を出してくれる家を探すところからでした。学んだあとは何年か、その家に仕えます。別の仕事を望む子がいても、援助した家へ送り出さなければ、次の学費を頼めなくなる。私も、約束を守りなさいと教えていました。こちらでも、工房で働く約束が要るのでしょうか」
「いいえ。家で子どもに教えたいという方にも、来ていただいています」
答えたミラへ、オーレリアンも頷いた。
「自分で本を読みたい、それだけでもいい。工房の働き手なら、こちらから雇いに行くよ」
次の教室では、燭台を前に大人たちがフォルマを習っていた。家で教わったとおりなら火がつくのに、炎を小さくしようとすると消えてしまう。若い教師がそばに座り、どこを変えたのか尋ねると、生徒は初めからオルビスを組み直した。
テオヴァルドも、その手元を見ていた。
「僕も、前に聞かれました。力を少なくすればいいとしか言えなくて……。消えたあと、何を直せばいいのか、説明できませんでした」
触れて理解を渡すだけで、テオヴァルドには通じていた。同じことを今、言葉だけで教えられるか。オーレリアンは、生徒が消したオルビスを思い返した。
「先生、ここで一緒に聞いていてもいいでしょうか」
席を勧められたテオヴァルドは、隣の生徒と一緒にフォルマを試した。火がついてからも、説明の続きを待っていた。
◇
奥の書庫には、各地から来た聖職者が持ち寄った本が並んでいた。祈祷書に交じり、病人の食事や土地の測り方を扱うものもある。机では数人が書き写しており、ミラはその脇から、まだ綴じられていない原稿を取った。
「ヨナスさんが、字を習うための本を書いてくださっているんです。子どもたちが知っている物から、覚えられるように」
最初の頁には、パンと、その名があった。次は器。そのあとに、食べる、分ける、という言葉が続く。
オーレリアンが知る読本の冒頭には、皇帝の徳が記されていた。
「こちらの方が、先に覚えたいね」
「今、工房で刷れるように相談しています。一冊ずつ写すより、多くの方へ渡せますから」
原稿を戻しても、ミラは書棚から離れなかった。借りたい本があるのかと尋ねると、何冊もあって困っているのだと笑った。
「初めは、会議で分からなかったことを聞きに来ただけでした。今は、授業の続きが気になるんです。帰る時間になっても、ほかの方の質問を聞いていたくて」
「オルカペルを任せられる方が来てくださいました。私も、授業のある日は最後まで残りたいです」
「いいと思う。私の都合で、休まないでね」
「では、次から相談のお時間を、授業のあとにしていただけますか」




