金枝
「この印をつけた人が、研究所へ来ました」
クレイドは紹介状を開かなかった。裏へ返し、枝を組んだ封を見ている。
客を待たせ、オーレリアンは家の食堂へ戻った。テオヴァルドも隣に座ったが、話を促すことはしなかった。
「ヴァルテンより前です。人の姿で歩けるところを見せろと言われて、客室へ。そこに、同じ印の指輪をした人がいました」
あの時たどった記憶には、いなかった相手だ。
「怖い人には見えませんでした。菓子をくれて、よくここまで戻れたねって。だから、普通のフォルマが使えないことも話したんです」
クレイドは封から手を離した。
「僕には、答えませんでした。先生に、どのくらい人の姿を保てるのかと。帰っていいと言われるまで、そこに立っていました。二人はずっと話していたのに、何を言っていたのか、よく覚えていません」
「今日来た人かどうか、見たい?」
「はい。違っても、聞きたいことがあります」
テオヴァルドがこちらを見た。オーレリアンはうなずいた。
「一緒に会おう。話したくないことは、そのままでいい」
◇
「金枝会からお越しの、ラザール様です」
ロートに紹介された男は、卓へ本を置いて立ち上がった。旅の間も読んでいたらしく、紙片が何枚も挟んである。
クレイドが、かすかに首を振った。記憶の客ではない。
「お時間をいただき、感謝いたします。こちらの材について、ずっとお話を伺いたいと思っておりました」
男が卓へ置いたのは、ブレーゲンで買った継手だった。
「長く海に沈めたあとも、内側が変わっていない。普通の石とも金属とも違います。作り手の方に、ようやくお会いできました」
「買った品を調べるのは構わぬ。製法は売らぬが」
「本日は、買う話をしに来たのではありません」
広げられた本には、同じ形のフォルマが違う土地で崩れる例が並んでいた。旅の記録と、何年もかけた比較だ。オーレリアンは、次の頁をめくろうとする手を止めた。
「こちらの二つは、同じ人物が試したものか」
「はい。場所だけを変えた記録をお探しでしたら、この本のほかにもございます。各地の学者へ旅費を出し、写しを集めているのです。同じ問いを追う方をご紹介することもできます」
ミラも書き手の名に気づいた。彼女が学んでいる医書の著者も、若い頃に援助を受けたという。
金だけでは手に入らない知識だった。会が持つ写しを借り、互いの結果を伝える。その提案には、断る理由より、尋ねたいことの方が多かった。
「私も、この比較をしてみたい。参加すれば、製法まで差し出すことになるのか」
「求められても、断れます。閣下の研究に必要な知識と、こちらへお渡しいただけるものを伺えれば」
男が次の頁を開く前に、クレイドが口を開いた。
「人と魔獣を、一緒にする研究もですか」
ラザールの手が止まった。
「……どこで、その話を」
「僕が、そこにいました」
声は小さかった。だが、止まらなかった。
「会の印をつけた客が来て、先生たちと話していました。帰ったあとも、処置は続きました。何を見に来たんですか。何ができたら、終わるはずだったんですか」
男はオーレリアンを見た。こちらは答えず、少年へ視線を戻させた。
「研究所は、どちらに。会員が個人で訪ねることもございます。会の援助を受けた研究なら、私も記録を探せますが」
ラザールは本を閉じた。
クレイドは逃げ出す前の町の名を告げた。建物の場所を説明しかけると、男はそれで分かると言った。
「その町へは、会からも援助を出しています。報告にあったのは、傷ついた身体を元へ戻す研究です」
「僕はクレイドです。あの人たちに身体を変えられました。客の前で人の姿を保てれば、治ったことになっていたんですか」
「あなたのことが、どう書かれているかまでは」
卓の本を返しかけ、オーレリアンは手元へ残した。
「この本は、借りておきたい。それと、報告書を見せていただこう。研究を共にする話は、それを読んでからだ」




