売らないもの
「五年あれば、閣下の町を、帝国で最も大きな産地にできます」
昨夜の商人は、朝も同じ額を出した。今日の卓には、他の買い手も座っている。
ヴェイル家の領内に店を持つ男だった。出資する領主もレオポルト大公に従う家で、エーレンフェルト伯爵から紹介されている。断るにも、ひと言で追い払う相手ではなかった。
「既存の取引には、触れません。これから増やす工房の分です。値が下がっても、約束の額で買い続けます」
西の商人が口を開きかけ、黙った。その条件に並ぶだけの金は持ってきていない。
「代わりに、増えた分は全部ほしいわけか」
「倉を借り、店に置かせ、客へ売るところまで私どもが。閣下には、織ることに力を注いでいただければ」
持ってきたのは金だけではない。領主の名で店を動かし、買い手を集める力だった。
「ヴェイル家の軍にも、納めているのだな」
「はい。停戦後も注文は減っておりません。補充だと伺っておりますが」
布の見本を撫でる指は、止まらなかった。
(うちの布を兵に着せて、また来たりしてな。代金は先にもらっておこう)
ミラが、昨夜着ていた服の布を卓へ置いた。
「こちらは、仕立屋の方が追加を望んでいます。新しい工房の分も、欲しいそうです」
「既にお付き合いのある方でしたら、その分を除いて」
「これから店を開く方も、同じ値で買えるのでしょうか」
商人はすぐには答えなかった。昨夜、ミラの袖を褒めていた西の商人も、返事を待っている。
「増えた分をすべて渡せば、新しい店はそなたから買うことになる。五年先まで、今ここで決める気はない」
「売り先をお持ちですか。織っただけでは、倉が埋まります」
西の商人が、持ってきた注文を差し出した。量は少ない。だが港へ届いた後、どの町で売るかまで決めてきていた。マティアスが開いた道へ、実際に品を載せる買い手だった。
「こちらの注文は受ける。工房は私が建てる。そなたとも、一年分の取引なら話せる」
「それでは、先ほどの値では買えません。隣の店へ同じ布が入るかもしれないのですから」
「構わぬ。買える量と値を出してほしい」
男は五年の買い取りを取り下げ、今年運べる量を数え直し始めた。その間、ミラは布を手元へ戻していた。
「前からその町で織っていた方々は、どうしていらっしゃるんですか」
「値を下げているところもあります。続けられぬと、店を畳んだ者も。ですが、仕立屋にはありがたい話です。安く仕入れた分、多く仕立てられます」
「織っていた方が、皆すぐに仕立屋になれるとは思えません。そちらの品を、帰りの荷に載せることはできませんか。この服のように、ここで欲しがる方もいます」
「売れる品なら。何が売れるかは、ロート殿にも伺いたいところです」
オーレリアンはミラを見た。彼女も、これで安心だとは言わなかった。ここへ持ち込める品を持つ者と、織る仕事しか持たない者は違う。
「次に来る時は、売れた品の話だけでなく、向こうの町の様子も聞かせてもらおう」
男は承知したと答え、改めた額を差し出した。買い取りの値は下がり、量も、最初の申し出より減っている。
「この量では、専用の倉は借りられません」
「ロート商会が、共同で使う場所を探している。紹介しよう」
彼はしばらく考えた。持ち帰れば、昨夜の額を受けてもらえなかったと報告することになる。
「来年の分は、優先してお話を伺えますか」
「今年の商いを見てからだ。それでよければ、売ろう」
男はうなずいた。五年分の権利ではなく、一年分の布を買った。
西の商人にも荷が渡った。ヴァルテンの仕立屋は、自分で選んだ反物を抱え、店へ帰っていった。
◇
オーレリアンが広間を出ると、ロートが待っていた。
「布の話が済みましたら、お会いいただきたい方がおります」
その手の紹介状を、後ろからクレイドが見た。
枝を組んだ印の上で、彼の視線が止まった。




