味方になる
「怪我のことは、読みました。もう、痛みませんか」
迎賓館の下の船着き場には、テオヴァルドが来ていた。造船所の横を抜けて舟が着くと、彼は荷より先にエルネリスの肩を見た。彼女が腕を動かしてみせ、少し引きつるだけだと答える。
オーレリアンにも同じ問いが向いた。
「私は大丈夫」
「では、次は戻る日も書いてください」
手紙を書いた時には、まだ決められなかった。そう言いかけて、分かったと答えた。
クレイドには、ロルフのことを話した。自分の意思で人の形へ戻し、別の場所へ魔獣の力を出していたと聞くと、彼は長く黙った。
「僕にも、記録を見せてもらえますか」
写せるものを頼むと約束した。治せるようになる、とはどちらも言わなかった。
◇
マティアスの客間には、すでに船主ヴォスが来ていた。
証言を聞く役人を招いた席だったが、商会の男は、それを相談の席として始めたかったらしい。
「療養所のために出した金です。医師のやり方まで、船主が知るはずもないでしょう」
彼はマティアスだけを見ていた。島から来た証人とだけ紹介された二人には、目も向けない。オーレリアンも、名乗るつもりはなかった。
「その点は、医師たちにも尋ねます」とマティアスが答えた。
「では、先に商会を調べる必要はない。次の船も控えています。今ここで風評が立てば、湾の町が困りますよ」
壁には、新しく開いた航路の図が掛かっていた。最初に歓迎された晩、マティアスがあれほど喜んで見せた船の道だ。
ヴォスは、それを指さしもしなかった。
「協力してくださった方々にも、話を通します。私だけの寄付ではありませんから」
「ええ。私の支持者にも、お金を出した方がいる」
マティアスが初めて言葉を切った。隣の役人が、返事を待っている。
オーレリアンは口を挟まなかった。ここで外国の伯爵が命じれば、この話まで帝国の横槍になる。
「紹介したのは私です。療養所への寄付を、よい仕事だと人に話しました」
ヴォスがうなずきかけた。
「ですから、その時から調べていただきます。私が知っていたことも、知らなかったことも」
うなずきは途中で止まった。
「ご自分の立場を、お分かりですか」
「よく分かっています。協力を断られたら、ほかの船を探さなければならない」
役人へ向き直り、商会が管理する港の出入りと、医師の滞在先を調べてほしいと頼んだ。身内をかばったと言われぬよう、別の町から来た者に任せるという。
ヴォスは椅子を引いた。ここで聞く話はもうない、と言い残し、役人と退出した。
閉まった戸を、マティアスはしばらく見ていた。
「あの人が船を引けば、喜ぶ人も大勢います。新しい航路は、やはり続かなかったと」
「私の荷は、予定どおり送るよ」
顔がこちらを向いた。
「途中で止まるかもしれません」
「最初に見せてくれた船がある。君が港へ入れた、隣町の船。持ち主と会わせてほしい」
それだけで全部を補えるとは思わなかった。それでも、この道を捨てるつもりはなかった。
マティアスは、ようやく笑った。
「今度は、ちゃんと港でご挨拶できますね」
◇
山を越えて帰る朝、エルネリスは宿の露台で絵を広げていた。
「これ、家に飾るよ」
隣に座ると、窓辺に描かれた二人が見えた。額を押さえる彼女を見ただけで、笑い声まで思い出せる。
島の患者には港から人が入り、院長がその滞在を引き受けた。ヴォスへの調べは続く。今すぐ自分たちが決めることは、もうなかった。
そのために帰るのが惜しくなるとは、思わなかった。
「帰さない口実を、朝から考えてたんだ」
エルネリスが、絵から目を上げた。
「もう少し、一緒にいたかったな」
手すりに置いた手へ、彼女の指が触れた。握り返しても、すぐには返事が出なかった。
(……先に言われた)
「次は、君に会いに来る。仕事のついでにしないよ」
「じゃあ、帰る日は私が決めていい?」
困るな、と言うつもりだった。笑ってしまって、言えなかった。




