↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歴代領主の平均生存年数三年の追放先を聖都にしてみた  作者: Lemonade
奇跡と騎士と産業革命の始まり
78/108

口をつぐんだ人

 患者の女は、医師が近づくと毛布を引き上げた。


 その下で膨らんでいた指を、誰も見ないで済むように。男の手から身を引こうとして、脚が寝台へぶつかった。


「この人に、続けてもらっていい?」


 オーレリアンが尋ねると、女は答えず、ロザを見た。修道女は寝台の脇へ椅子を寄せ、手を握った。


「ここにいます。終わるまで」


 うなずきは、それからだった。


 捕らえた男がフォルマを使う。その組み方を、オーレリアンと修道院の術者が見ていた。女の指が戻るほど、こちらの胸には怒りが残った。


 医師の腕が必要だから、医師を殴れない。


 (助けに入って、これか)


 男は一度こちらを見た。何も言わずに目を伏せたのは、杖を握る手に気づいたからかもしれなかった。


      ◇


 夕方には、ロザが食堂を病室に変えていた。


 男たちのいた奥の部屋へ戻りたがる者はいない。院長が港へ助けを求め、船にはテオヴァルドたちへの手紙も載せてもらった。帰りが遅れること、戦いになり、エルネリスが肩を切ったことを書いた。


 港の兵と術者が着くまで、二人も島に残ることにした。


 医師たちを連れてきたのは、船主ヴォスだった。三年前から費用を出し、仕事へ戻れた患者を寄付者たちに見せていたという。


 その患者の名は、入院の記録へ何度も戻っていた。


「また具合が悪くなったのだと、聞いていました」


 ロザは医師の紹介状を持ってきた。帝国の軍病院が書いたものだった。


 捕虜の引き渡しに付き添って関門を越え、こちらへ長く滞在した医師たち。その宿も、島へ渡る船も、ヴォスの商会が手配していた。


 エルネリスは書状を読んだあと、オーレリアンを見た。


「知っているところ?」


「この病院は、知らない。ただ、同じ研究をしている場所は見た」


「ヴァルテン?」


 うなずくと、彼女は続きを待った。話すうちにロザが席を外し、それでも、話は終わらなかった。


 兵士だけではなかったこと。学院が学生の身体まで変えていたこと。責任を追おうとして、皇帝に止められたこと。


 クレイドの名は出さなかった。


 エルネリスは途中で問い詰めなかった。最後まで聞き、それから、包帯の巻かれた肩をそっと動かした。


「この島は、ずっと前から知ってるの。帰る家がない人も、休んでから行き先を決めていいところだった」


 窓の外で、患者を連れた修道士が歩いていた。男は手すりにつかまり、自分の足で一段下りた。


「あなたが見たところの話を、先に聞けていたらと思った。でも、聞いていても、ここで何が起きてるかは分からなかっただろうね」


「私も、この旅で探すつもりはなかった」


「分かってる」


 声が少し強かった。彼女は一度口を閉じ、膝の上へ手を戻した。


「ただ、また帝国へ話を戻して、終わりにはしたくない」


 皇帝の前で、飲み込んだ言葉を思い出した。


「向こうへ知らせれば、止めろと言われるかもしれない。私の味方からも」


「あなたは、止めたい?」


「……ここまで来て、それは嫌だ」


 戦を終えた判断を覆したいのではない。あの場で諦めたことが、そのまま別の場所で続くのを見たくなかった。


 エルネリスは、ようやく椅子へ深く座った。


「なら、マティアスにも一緒に話そう。知っている船主のはずだから」


      ◇


 翌朝、港から来た術者へ処置を確かめてもらい、もう一日つき添った。その晩、ロザが祈りの本を持ってきた。


 頼んだ一節には、隣の漁村で歌われる別の終わり方も添えてある。こういう時に忘れずに書いてくれたことが、うれしかった。


「あの岬へは、行かれるんですか」


 エルネリスがこちらを見た。


「行きたい。……いいかな」


「うん。テオたちも、港で待ってくれるって」


 彼女は本を袋へ入れた。肩に掛ける前に受け取ると、今度は素直に渡してくれた。


「私の分も持つなら、帰りの魚は増やしていい?」


「それは自分で持って」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。