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歴代領主の平均生存年数三年の追放先を聖都にしてみた  作者: Lemonade
奇跡と騎士と産業革命の始まり
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潮の祈り

 崖に見えたものが、近づくにつれて建物になった。


 島の斜面を占める修道院は、船着き場から幾段にも重なっていた。窓の下を波が洗い、いちばん低い回廊を船の帆がくぐっていく。上の食堂から、女が身を乗り出して手を振った。船頭が同じように返し、今日の魚を高く掲げた。


 エルネリスは立ち上がりかけ、舟を揺らして座り直した。


「あの人、料理を作ってる?」


「そうだよ。気に入らなければ、自分で台所へ入れって人だ」


「それなら、期待できそう」


 石段を上ると、先ほどの女が魚を待っていた。修道女の服の裾をたくし上げ、旅人の荷まで一緒に受け取ろうとする。


「私はロザ。お泊まりですね。お昼を食べてから、お部屋へどうぞ」


 名と泊まる日だけを聞かれた。肩甲のないオーレリアンには、席を空ける者もいない。長椅子を詰めてもらい、エルネリスと隣り合って座った。


 漁師の向かいで、足に包帯を巻いた女がパンを割っている。二人は知り合いらしく、帰ったあとの仕事の話をしていた。


 昼の祈りが始まると、食堂の声が重なった。海へ出る者の無事を願う言葉に、エルネリスも声を合わせる。


「帰りを待つ者の家にも、灯を」


 最後の一節だけ、彼女は聞いていた。


「前に来た時には、なかった言葉だと思う」


「嵐から戻った漁師が、唱え始めたんですよ。船は帰れたのに、浜の家が流されていて」


 ロザは鍋を抱え、空いた椀へ魚をよそった。


「誰の家へも、灯が戻りますようにって。本には載っていませんが、ここでは皆で」


 ミラへ教えたいと頼むと、食後に書いておくと言ってくれた。エルネリスは、その漁師が今もいるか尋ねた。


 年を取って、少し前に島を離れたという。


 彼女は残念そうにうなずき、今も残る祈りをもう一度、口の中で唱えた。


      ◇


 回廊から見える岬が、明日の行き先だった。


「あの下に、私の家があるの。潮が引いたら入れるよ」


 エルネリスの腕越しに覗いたが、まだ岩しか見えなかった。


「子どもの頃も、そこに?」


「うん。暗くなるまで帰らなくて、よく叱られた。迎えが来ると隠れるくせに、日が暮れると、早く見つけてほしくなるの」


「想像できるな」


「今の私も、そう見える?」


 返事をせずに笑うと、彼女は肘で軽く押してきた。


 借りた旅の本には、その岬の絵があった。実物より高すぎると彼女は言ったが、登ったあとなら、こう見えたのかもしれない。


「あなたなら、どう描く?」


「先に見せると、家を間違えたって言われそうだ」


「じゃあ、明日一緒に。私が住んでた部屋に、あなたがいる絵がいい」


 その絵を思い浮かべている間に、下で食器が割れた。


 踊り場に男がうずくまっていた。療養着の膝を抱え、追ってきた者から身を隠すように、ロザの後ろへ寄る。


「今日はやめてくれ。歩けるから。もう、ここまで来られたから」


「落ち着きなさい。部屋へ戻れば、楽になる」


 医師らしい男が手を伸ばした。患者はロザの袖を離さない。


「休ませましょう。少し、私と話してから」


 ロザの声を遮り、掌にオルビスが浮かんだ。


 患者の背が反った。袖をつかむ指が外れ、石段へ突き立つ。人の指が、石を砕いた。


 オーレリアンは欄干を越えた。


 抱き止めた膝が、腕の中で逆へ曲がり始める。男の目はその脚を見ていた。自分の身体なのに、何が起きているか分からない顔だった。


「そのフォルマを止めろ」


 医師の目が、こちらの服と杖を見比べた。


 階上では、エルネリスがロザを引いている。


「見ていたのか」


 患者へ向いていた光が、こちらを撃った。

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