手ぶらの旅
「今度は、私も連れていってください」
ミラにそう言われて、オーレリアンは旅の話をやめた。西の料理の説明に、つい夢中になっていた。
「うん。次に行く時は」
「西でなくても、よいのです。皆さんのお話を聞いていたら、どこかへ行きたくなりました」
卓には、今日の議事を書いた紙が残っている。彼女の手はそこへ戻らず、テオヴァルドの膝にある地図を指した。
湯の湧く谷が、東の街道から外れたところにあった。
「ここ、行ってみたいです」
翌週には、四人で町を離れた。留守を頼まれた者たちは驚かなかった。むしろ、出発の日まで仕事を持ってこられると思っていたらしい。
オーレリアンも、今回は頼まなかった。
◇
三日目の昼、沢の水が足元から引いた。
岩棚が持ち上がる。石だと思ったのは鱗で、沢を塞いでいた大蜥蜴が首を伸ばした。頬の奥から湯気が漏れている。
噴きつけた蒸気を、テオヴァルドの盾が受けた。両岸の木が揺れ、枝が折れる。その脇をクレイドが駆け抜け、膨らむ喉を見上げた。
尾が横から襲った。ミラの前へオルビスを置き、オーレリアンは衝撃で尾を跳ね上げる。
横倒しになった腹を足場に、クレイドが飛んだ。剣が喉を裂く。そこへ突き入ったテオヴァルドの槍から光が走り、背の鱗まで内側から吹き飛ばした。
巨体が斜面を崩し、湯気の向こうへ沈む。
クレイドを片腕で受け止めたテオヴァルドが、浅瀬へ下ろした。二人とも、次の一頭がいないか沢を見ている。
オーレリアンはミラへ振り返った。
「別の場所にしようか」
「湯は、まだ上ですよね」
彼女は驚くほどきっぱり答えた。帰りたいとは言っていない、と続けられ、言い出した方がうなずくことになった。
◇
湯だまりには、四人で座れる岩があった。
靴を脱いだミラが先に足を入れ、息を吐いた。オーレリアンも隣へ座ったが、思ったより熱い。
「少し冷ませば」
「このままが好きです」
まだ何もしていないのに、手を押さえられた。
(見抜くのが早くなったな)
テオヴァルドは槍を離れた岩へ置き、クレイドと向かいへ腰を下ろした。戦いのあとで顔を洗ったせいか、二人とも髪が濡れていた。
「さっき、受け止めなくても着地できたよ」
「あ。そうですね」
「……でも、ありがとう」
言ってから湯へ目を落としたクレイドへ、ミラがパンを渡した。テオヴァルドにも、自分にも一つ取る。
包みが空になってから、彼女は別の袋を出した。
「そっちもあるの?」
「これは、帰りのおやつです」
「今は?」
少し迷ったあと、ミラは袋から焼き菓子を取り出した。
「前は、何か持ち帰らないと食べさせてもらえませんでしたから。今日も途中で、木の実を探してしまって。何も持って帰らなくていいのに」
ミラは菓子を割り、果実の詰まった断面を眺めた。
「これは、私が食べたくて買ったんです」
まだ湯に浸していた足を伸ばし、ミラは菓子をかじった。
(俺もそっちがよかったな)
見ているのに気づいたミラが、笑って半分を寄越した。
「帰り道にも売ってるかな」
「少し遠回りになりますよ」
「急ぐ旅でもないでしょう」
ミラは菓子を飲み込んでから、笑った。
◇
帰りには、本当に遠回りをした。
店先で焼き上がりを待つ間、クレイドは槍を見せてほしいとテオヴァルドに頼んだ。二人は道の端へ寄り、使い方を確かめている。
ミラはその様子を絵にしてくれと言った。オーレリアンが紙を出すと、先に菓子の袋を持って座る。
「君も入るの?」
「私も来たんですから」
絵の端に自分を足す場所がなくなり、最後は彼女に紙を広げてもらった。
四人の絵は、結局、菓子の袋がいちばん上手に描けた。




