惜しみない人
「あげる。使えそうだから」
エルネリスが差し出した槍を、テオヴァルドは両手で受けた。背丈を大きく越える槍身は切っ先へ細くなり、握りの前には翼を広げたような鍔がある。
見送りに来たマティアスが、言いかけた挨拶を呑み込んだ。
「それを、差し上げるのですか」
「私のだよ」
「存じています。展示に貸してほしいという話を、以前はお断りに」
「何年も返してくれないって言うから。使いたくなったら困るでしょう」
返してもらう気のない贈り物は、構わないらしかった。テオヴァルドが槍を差し戻しかけると、彼女は手を後ろへ回した。
「しまっておくには、惜しいもの。まず、試してみて」
鍔の裏に残ったフォルマは、見慣れない組み方だった。山の職人と、帝国を出た鍛冶師が一緒に作ったのだという。
(値段は聞かない方がいいな。テオが持てなくなる)
◇
石切り場の向こうに海が見えた。
左腕に浮かべた光の盾は、胸から腿までを覆い、前へ膨らんでいる。テオヴァルドが右脇に槍を抱えると、その切っ先が盾の脇から突き出した。
鍔が光る。だが、穂の付け根で力が止まり、右腕が押し返された。
「槍の方が、先に止めてしまうんですね」
「持つ人が怪我をしないための抑えだよ。あなたには、邪魔だったかな」
エルネリスが広げた手控えには、元の図が読めないほど訂正が重なっていた。マティアスに探してもらったものだという。
「ここも、私が直したんだ」
「覚えてない?」
「組み方は分かるよ。でも、直した時のことは。何を変えたかばかり書いて、誰と話したか、ほとんど残してないね」
残念そうに頁を戻し、それでも目は次の図を追っていた。
オーレリアンは槍へ手を添えた。
「穂へ通る力を増やしたい。手元へ戻る分は、私が逃がす。古い仕組みを支えてもらえる?」
「いいよ。変える時は、少し待って――」
言い終える前に、光が穂を貫いた。
二人で顔を見合わせた。槍は崩れていない。別々に組んだフォルマが、どこでもぶつからず、内側を支えていた。
「合わせてくれたんじゃ、ないの?」
「君が合わせてくれたと、思った」
もう少し動かすと、彼女のフォルマも応じた。説明を挟む場所がない。手を止めるつもりだったのに、次の形まで試してしまう。
「……待って。逆にしたら、どうなるかな」
その提案にうなずきかけ、テオヴァルドの顔を見た。
「やめよう。違う槍になる」
「僕は、見ているだけでも面白いです」
「それを言うと、返ってこなくなるよ」
エルネリスが笑い、ようやく手を離した。受け取ったテオヴァルドの右腕は、今度は揺れなかった。
◇
エルネリスが選んだのは、海へ突き出た岩壁だった。その向こうには人も船もない。二人は脇へ下がり、オーレリアンは飛ぶ石を抑えるフォルマだけを添えた。
踏み込みで、靴の下の石が砕けた。
盾を前に、少年が飛び込んだ。右脇に抱えた槍が岩へ突き立つ。穂先から光が走り、亀裂が頭上まで駆け上がった。
海へ向いた側が、爆ぜた。
轟音とともに岩が海へ吹き飛び、水柱が幾つも上がる。手前へ弾けた石片は盾の曲面に沿って左右へ逸れ、テオヴァルドは槍を構えた姿勢から動かなかった。
崩れる岩をオーレリアンが支え、テオヴァルドは槍を引き抜いた。片手で持ったまま戻ってくる。その背後には、岩壁を貫いて海が見えていた。
「……いただきます」
戻ってきてから言うので、エルネリスはうれしそうに笑った。
「うん。傷がついても、遠慮せず使ってね」
テオヴァルドが深く頭を下げた。オーレリアンも礼を言おうとしたが、先に本を押しつけられた。
「あなたには、これ。旅で話した本」
余白に、本文と同じくらい反論が書いてある。誰の書き込みなのか聞くと、彼女が悪びれずに手を上げた。
「こっちは返してね。まだ読みたいから」
槍より念を押すので、テオヴァルドまで笑ってしまった。
石切り場から港へ戻る船には、二人で乗った。山の家へ帰るエルネリスも、見送りに来たマティアスも、桟橋から手を振っている。
「本の感想、待ってる」
ほかにも話したいことがある、と言うには、船はもう離れすぎていた。




