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歴代領主の平均生存年数三年の追放先を聖都にしてみた  作者: Lemonade
奇跡と騎士と産業革命の始まり
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絵にない人

 絵の中のエルネリスは、笑っていなかった。


 山から戻った晩、迎賓館の廊下で足が止まった。剣を地面へ置く帝国の兵と、杯を差し出す山の人々。その間で水を配る女だけは、今も隣に立っている。


 アステリア最初の盟約。書庫で見た歴史の挿絵より、はるかに大きかった。


「描いた人、私が笑うと困ってたの。厳粛な場だから、黙っていてくれって」


「……君が、その時の話をしたんだね」


「うん。絵はずっと後に描いたものだよ。本当は、こんな立派な服を着てなかった」


 彼女の指が、絵の隅の老人を示した。


「この人が約束を決めたの。私は山道を案内して、あとは水を配ってた。年上ばかりで、話に割って入るのも怖かったな」


 屋根の上で、帰りたくないと笑った人だった。あの顔の後ろに、国の歴史が丸ごとあった。


「ずっと、その姿で?」


「大人になってから、ほとんど変わってないよ。病気はするし、怪我も治るまで痛い。年を取らないだけ」


 テオヴァルドと目が合った。どちらも、次の言葉を見つけられなかった。


「驚いてるんだ。少し待って」


「待つよ」


 エルネリスは絵へ目を戻した。そこにいる者の名を、全部は思い出せないという。描く時には覚えていたはずなのに、と首をかしげた。


 聞きたいことは幾つもあった。どれを口にしても、彼女が図書館の奥へ移されてしまいそうだった。


「あの魚を切ってた人も、知ってるの?」


「私が長生きなこと? 知ってるよ。だから私の取り分を大きくする、とは言ってくれないけど」


 ようやく笑えた。テオヴァルドも絵から離れ、夕食の場所を聞きに行った。


      ◇


 エルネリスは食堂を通り越し、台所の前で椅子を借りた。


「あっちは、座ると立ちにくくなるから」


 奥では楽器が鳴っていた。自分たちを見つければ、主催者はまた上座を空けてくれるだろう。


 分けてもらった魚の包み焼きを開くと、彼女は待ちかねたように匙を入れた。


「君が来たら、皆うれしいんじゃない?」


「うれしそうにしてくれるよ。でも、昔の約束を確かめたい時と、今日の料理が好きか聞きたい時では、顔が違う」


「今日は、どっちがいい」


「料理」


 即答だった。こちらの皿へ手を伸ばして、自分とは違う香草が入っている、と勝手に比べている。


「この国を作った人として、席をもらったことは?」


「あるよ。ずっと断ってる。私が座ったままなら、次の人が来られないでしょう。会議に出るより、会議を休んだ人と話す方が好きだし」


「マティアスは聞きたくないだろうね」


「あの人は、休んだ人を集めて会議を始めるよ」


 笑い声に、料理人が顔を出した。二人分のパンを追加して、また台所へ戻る。


 オーレリアンは包みの底の汁をパンへ吸わせた。上座なら、こうして食べるところまで見られる。


「あなたも、ここが好きみたいだね」


「食べ方を褒められなくて済む」


「それだけ?」


 見つめられ、答えるのが遅れた。彼女は急かさず、こちらの返事を楽しみにしていた。


「……一緒にいて、黙ってもいいから」


 言ってから気恥ずかしくなった。これも、昔なら口にしなかった。


 エルネリスは匙を置き、少しだけ椅子を寄せた。


「じゃあ、私も食べ終わるまでここにいて」


      ◇


「あなたの町へ行ったら、やっぱり皆が跪くの?」


 皿を返したあとで、エルネリスが尋ねた。


「する人もいる。やめてほしいんだけどね」


「慕ってるからでしょう」


「それは、うれしい。でも、私のことが嫌いになっても、安心して暮らせる町であってほしい。嫌われるたびに追い出していたら、私もずいぶん忙しいだろうし」


 笑ってもらうつもりだった。彼女は、食事をしていた時よりじっとこちらを見た。


「ほう。あなたは、本当に面白いことを考えるね。分かった気になると、急に分からなくなる。……いったい、何者なの?」


 子どもの伯爵を演じる言葉なら、すぐに出せた。今、それを言いたくなかった。


 黙っていると、彼女がふっと笑った。


「すまないね。悪い癖だ。長く生きてると、覚えてないことまで、勘で埋めようとしてしまう。人のことも、それで分かったつもりになるんだ」


「それで、私は何に見えた?」


「分からなくなったから、聞いたの」

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