帰還
「お帰りなさいませ、伯爵閣下」
広場の歓声に、ミラの挨拶が半ばかき消された。議事堂の階段の下では、兜を脱いだバスティオンたちが家族に抱きつかれている。
停戦から六週間。ヴァルテンに守備の兵を残し、オーレリアンたちはアッシュマークへ戻った。共に来ると決めたクレイドも、一行に加わっている。
皇帝から伯爵位を授ける勅書が下りたのは、帰路につく前だった。ミラは新しい肩甲へ一度目をやり、それからオーレリアンの顔を見た。
「留守をよく守ってくれた。感謝する」
その先にも挨拶を用意していたはずが、通りに知った顔を見つけるたび、そちらへ気を取られた。出立の時にはなかった工房の窓からも、身を乗り出して手を振る人がいる。
「ただいま、ミラ」
ミラは笑ってうなずいた。返事をしようとすると声が詰まり、代わりに深く頭を下げる。
テオヴァルドは子どもたちを見つけ、こちらの肩越しに大きく手を振った。袖が顔にかかる。
「テオ、私にも少し場所を残して」
「あ、すみません」
謝りながらも、顔は子どもたちの方へ向いたままだ。ミラが口元を押さえて笑った。
行進はそこで終わってしまった。操り手たちもオートマタを止め、家族の方へ駆けていく。誰も並び直せとは言わなかった。
◇
翌朝、オルカペルには通路まで人が入っていた。
ミラを司祭に任じるため、大公に近い司教の一人が、一行と共に来ていた。教会会議の裁定までは新たな破門を認めず、祈りと埋葬を妨げないという連署も、約束どおり届いている。
祭壇の前に跪くミラを、オーレリアンは前の席から見ていた。いつもなら泣く子をあやしに席を離れる彼女が、今日は聖典を胸に抱いている。
「ミラ・セーブル。汝を、オルカペルの司祭に叙する」
「お受けいたします」
ミラの返事は、後ろの席まで聞こえた。
司教が祭壇の脇へ退くと、彼女は立ち上がって聖典を開いた。顔を上げた先にオーレリアンを見つけ、ほんの少し笑った。
ミラが祈り始めると、マルタもヨナスも、参列者と共に唱えた。隣のテオヴァルドも加わり、後ろからは子どもたちの声が聞こえてくる。
◇
「お祝いだからね。最初の一切れは、ミラが選んで」
家の食堂には、焼いた林檎の匂いが満ちていた。町のパン屋から届いた菓子は、卓の中央でまだ湯気を上げている。ミラは法衣から着替え、窓辺の席に座っていた。
「では、ここを。林檎がたくさん入っています」
ミラが選び終えるのを待って、テオヴァルドも一切れ取った。林檎と生地を一緒に口へ運び、目を細める。
「おいしい……」
その顔につられて、オーレリアンも端をかじった。生地がさくりと崩れ、林檎より先にバターの香りが広がる。
(昔から、ここばっかり食べてたな)
もうひと口と、縁ばかりをかじってしまう。
「そちらは具が少なくありませんか。僕のと替えます?」
「こっちが好きなんだ。遠慮してるわけじゃないよ」
テオヴァルドは菓子の端を一口試してから、また林檎の詰まったところを切った。お茶を飲んでいたミラが笑う。
「お帰りのお祝いに頼んだはずなのですが、私が先にいただいてしまいましたね」
「私たちも、ちゃんと食べてるよ」
空いた皿を見て、ミラはテオヴァルドへもう一切れを勧めた。
庭に面した窓は開けてあった。街路の話し声を聞きながら、オーレリアンは椅子の背にもたれた。
「今朝の祈り、子どもたちも最後まで唱えてたね」
「司教様がお聞きになると思って、難しい言葉も用意したんです。でも、前の席であの子たちが口を開けて待っていて。知らない祈りを始めるのは、かわいそうになってしまいました」
お代わりも食べ終えると、テオヴァルドは山の西の昔話を開いた。ミラも隣から頁を覗き込む。
「そのお話、私にも聞かせていただけますか。今日は、読む方をお任せしたいです」
「私も聞く」
ミラがカップを持って椅子を寄せると、テオヴァルドは短い話を選んで読み始めた。
よく焼けた端が、まだ一つ残っている。読み声を聞きながら、オーレリアンはそれを取った。




