御前
「まだ、続けるつもりか」
天幕の入口から届いた声に、レオポルト大公が言葉を切った。カシミール皇子も立ち上がった。
「陛下。なぜ、ここへ……」
侍従の腕に支えられ、老人が天幕へ入ってきた。頬は痩せ落ち、杖を握る手が震えている。大公が膝をつくのを見て、オーレリアンも椅子を離れた。
両家がヴァルテンで顔を合わせるまで、あれからさらに二か月かかった。宮廷から来るのは仲裁の使節だと、オーレリアンも聞いていた。
上座に腰を下ろした皇帝が息を整える間、諸侯は跪いて待った。先ほどまでの言い争いが嘘のように、その呼吸だけが聞こえている。
「二人とも、余を見るがよい」
弟と息子が顔を上げた。
「余の名を掲げて争う姿を、いつまで諸国へ見せるつもりだ。どちらの言い分も聞いた。もうよい。ここで兵を退け」
「陛下。私を頼った町が、まだ占領されたままです。ヴァルテンを返していただければ、こちらも――」
「取った土地を返させるなら、そなたの要塞も元の主へ戻すことになる。それを望むか、カシミール」
皇子は答えなかった。
「土地は当面、今の主に預ける。権利を争うなら、余の裁きを待て。兵を出して取り返すことは許さぬ」
「御裁定に従います」
大公はすぐに頭を垂れた。皇子は返事をせず、オーレリアンへ目を向けている。こちらも目を逸らさずにいた。
「カシミール。余に、そなたを討てと命じさせるな」
かすれた声に、皇子の顔が父へ戻った。
「……仰せのとおりに」
皇帝は答えを聞いて、ようやく杖から片手を離した。
(この人が死んだら、二人は――)
「アッシュマーク男爵。前へ」
エーレンフェルト伯爵の隣から進み出て、改めて膝をついた。
「ヴァルテンとローデンは、引き続き卿に委ねる。卿の軍を他家の指揮へ移すことは認めぬ。ローデンを通る交易も、妨げさせぬ」
領地を返せと言われることも覚悟していた。軍まで手元に残るなら、他家の命令で戦場を渡り歩かずに済む。隣のエーレンフェルトも、ようやく肩の力を抜いた。
「謹んで、お受けいたします」
「町の再建に努めよ。卿への褒賞は、大公からも願い出があった。余も認めよう」
褒賞への礼を述べてから、オーレリアンは顔を上げた。
「陛下。兵士を魔獣と融合させていた件は、学院だけの仕業ではございません」
「報告は読んでおる。学院長も学監も、すでに死んだそうだな」
「軍にも、関わった者が――」
「今、その責を問い始めれば、誰が兵を退ける」
大公も皇子も口を挟まなかった。皇帝の目は、オーレリアンから動かない。
「戦を終えるために、ここまで来た。男爵。余を助けてはくれぬか」
先ほど息子を黙らせた声で、今度は助けを求めてくる。
エーレンフェルトと目が合った。伯爵は、かすかに首を振った。
知らないのではなかった。あの報告を読んで、なお終わりにしようとしている。
「……承知いたしました。ヴァルテンの再建に尽くします」
口にしかけた告発の続きを呑み込み、頭を下げた。皇帝も、それ以上は求めなかった。
捕虜の交換と街道の再開は、使節の間で話がついていた。両家はその条件を受け入れ、遠方の軍にも、勅命が届き次第、戦いを止めさせることになった。
「両家の争いは収まった。諸侯も和解した。帝国の内外へ、そう知らせよ」
弟と息子が並んで頭を下げると、皇帝の口元に笑みが浮かんだ。侍従に促されても、しばらくは二人を見ていた。
学院で何が行われていたかは、停戦の布告に載らなかった。
◇
天幕の外で待っていたテオヴァルドは、こちらの顔を見て、声をかけるのをためらった。
「帰れるよ、テオ」




