残響
ルーカスを抱き起こすと、頭が後ろへ傾いた。首を支え、ニコは自分の肩へもたれさせた。頬を寄せても、息はかからなかった。
崩れた壁の向こうに空が見える。二人で逃げようとしていた出口だった。
「外へ、出られるよ」
口元から目を離せなかった。何か言ってくれれば、今度こそ立ち上がれる気がした。
膝へ落ちた左手を握る。背をつかんでくれた時の力は、もうなかった。
抱き直した拍子に、指が胸の傷へ触れた。
刃を押し込んだ感触が戻ってきた。夢で見た廊下が重なり、扉の前に倒れた男が見えた。地下から助けを求める声を聞いて、あの扉を開けたのも自分だった。町の守りまで失われると、止められていたのに。
あの時も、誰かを助けるつもりだった。
頭が痛む。ルーカスの制服へ額を押しつけても、悲鳴は遠のかなかった。あの町からなのか、今いる広間からなのかさえ分からない。
「もう、やめて……」
自分の声まで、叫び声に紛れていった。
学院長が何と言ったかまで、思い出せてしまう。
ルーカスを床へ寝かせ、剣を拾った。立ち上がれず、座ったまま柄を握る。手の震えが止まらなかった。
外から人の声がした。助けを呼ぼうと口を開いたが、声にならなかった。
ニコは刃を自分へ引いた。剣が手から落ち、ルーカスのそばへ崩れた。
◇
梁を押しのけた先に、二人が倒れていた。
伸びた髪の間に顔を見つけ、オーレリアンは瓦礫を駆け下りた。
「ニコ!」
目が開き、唇が動いた。声は出なかった。
ルーカスにもたれた身体を支え、傷へ掌を当てた。オルビスの光が二人を照らす。
血が止まり、傷が塞がり始めた。それでも脈は弱くなっていく。
(間に合え)
傷の奥へフォルマを届かせた。ニコは息を吸おうとしたが、胸は膨らまず、唇から音だけが漏れた。
「聞こえる? 私だよ」
ニコの指が袖へ触れ、つかめずに落ちた。
その手を握り、オーレリアンはもう一つオルビスを開いた。
治療のフォルマが、身体の奥で乱れた。傷を直そうとすると、別の場所へ負担がかかる。外で戦った怪物とも違った。
腕の黒を見て、道端で消えたオルビスを思い出した。剣にしか力を渡せなかった理由も、分からないままだった。
(原因はあとだ。今は――)
呼吸を支えるフォルマを重ねた。
隣でルーカスを診ていたテオヴァルドが、こちらを見た。
何も言わないその顔に、オーレリアンはルーカスへもフォルマを伸ばした。ニコへ通す力は緩められない。
裂けた胸を直す方法なら見つかる。だが、その先へいくら探っても、ルーカス本人には届かなかった。
そちらへ伸ばしたフォルマを解いた。
「ルーカスを、頼む」
テオヴァルドはルーカスを石から離して横たえた。
天井から落ちてきた石を、テオヴァルドのフォルマが庭へ払った。その向こうでは、バスティオンたちが怪物を食い止めている。
ニコの胸が浅く持ち上がり、息が漏れた。
次の息は来なかった。
オーレリアンは顔を寄せ、呼びかけた。脈は触れず、身体の温かさだけが残っている。魂と身体をつないでいたものが、途切れた。
治療は、間に合わなかった。
掌の下で、オルビスが歪んだ。
ニコの胸は動かない。治療を続ける掌に、わずかな力が返ってきた。
息を詰め、オーレリアンは自分の喉を押さえた。そこにはない傷が、痛んでいた。




