↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歴代領主の平均生存年数三年の追放先を聖都にしてみた  作者: Lemonade
奇跡と騎士と産業革命の始まり
59/108

突入

 城壁から怪物が落ちてきた瞬間、東の丘が光った。


 陣へ迫る火球の下で、怪物が四本の脚を広げ、着地と同時に土を蹴った。


 オーレリアンが杖を払うと、火球は軌道を逸らされ、空で爆ぜた。降り注ぐ熱気の下で、テオヴァルドが怪物の腕を剣で受け、横へ流す。裂けたヴァルテンの軍服からは、まだ人の肌が覗いていた。


 バスティオンが三人がかりで組みついても、怪物は止まらない。鎧ごと彼らを引きずる身体が、オーレリアンのフォルマに足元を崩され、ようやく土へ沈んだ。


 息をつく間もなく、東から矢が降り始めた。


 二晩、彼らは城壁と丘の間に挟まれていた。怪物を止めれば、東から矢とフォルマが来る。丘の兵を退けても、しばらくすれば別の旗が上がった。先に着いたバスティオンたちは交代する者もなく、捕らえた者を押さえたまま二度目の夜明けを迎えていた。


 オーレリアンも、杖を握った指を自分では開けなくなっていた。テオヴァルドの服にこびりついた血も、彼自身のものではない。


 それでも、上空のオルビスから目は離せなかった。煙の中を逃げる人々と、町の内側へ武器を向けた守備兵。その向こうでは講堂も塔も崩れ、光に守られた中央棟だけが残っている。


 そこから一条の光が走った。通りで倒れた兵が再び跳ねた時には、その脚は四本に増えていた。


 東の丘でも、幾つものオルビスが重なり始める。その先には、怪物を押さえたまま動けないバスティオンたちがいた。


 東を撃てば、次の怪物が城壁から落ちる。城壁へ向き直れば、丘のフォルマがバスティオンへ届く。どちらを選んでも、誰かを置き去りにする。


 杖を上げたまま、オーレリアンは動けなかった。


「東は僕が止めます」


 テオヴァルドが城壁を背にし、剣を上げた。


「駄目。今のあなたに任せたら――」


 北の丘で砲声が響いた。


 頭上を越えた光が東の丘へ落ち、放たれる寸前だったフォルマを術者ごと吹き散らした。


 北へ連なる丘から、アッシュマークの灰銀の列が下りてくる。砲列も、物資を運ぶオートマタも続いていた。


 息を吐いた途端、オーレリアンの膝が沈んだ。テオヴァルドの肩をつかんだ手は、すぐには離せなかった。


 坂を駆け下りたバスティオンが槍列を割る。逃げようとした騎兵はたちまち追いつかれ、鞍から引き落とされた。


 その間を抜けたテオヴァルドの剣が指揮旗を断つ。立て直しかけた術者たちの前には、オーレリアンのオルビスが開いていた。


「フラクタ・グラヴィタス」


 銀光が丘を貫いた。杖も盾も弾け飛び、残った兵は武器を捨てた。


      ◇


 武器を捨てて逃げる兵を、誰も追わなかった。後から着いたバスティオンたちは、二晩を耐えた仲間から怪物を引き受け、負傷者を敵味方なく陣へ運んだ。鎧を脱いだ者は、そこでようやく立てなくなった。


 オートマタが物資を下ろす間にも、丘には天幕が増えていく。その端では、人の声に応じる怪物がまだ土を掻いていた。少し離れた死者には、すでに布が掛けられている。


 捕虜の列から、東の軍を率いていた副司令が引き出された。兜を脱がされても、視線は怪物へ向いたままだった。オーレリアンは敵陣で見つかった命令書を、その膝の前へ開いた。


「『学院が処置を終えるまで、城外を封鎖せよ』。処置とは」


 副司令は答えず、離れた場所で押さえられている怪物を見た。引き裂かれた軍服の肩章は、彼と同じ色だった。


「……治療だと聞かされました。戦傷者は学院へ運べ、軍医も先に入れと。けれど、戻ってきた者は」


 怪物が土を掻き、副司令の口が閉じた。


「中央棟の光は」


「あれが合図です。変わった者を城外へ出し、東の本隊へ引き渡すはずでした。ただ、砲列がまだ着かない。それまで住民も通すなと」


 副司令はそこで目を伏せた。


「守れと命じられたのは、学院と道です」


 連れ出される副司令の背に、誰も声をかけなかった。


 オーレリアンは腰を上げかけ、膝が伸びずに敷物へ戻った。杖先が水の器を倒す。こぼれた水は指の下まで来たが、拭う手が動かなかった。


 向かいでは、テオヴァルドが剣を膝へ置き、左手だけで鞘を握っていた。右手はまだ細かく震えている。


 オーレリアンは上空へオルビスを送り、ヴァルテンを映し出した。町では人々が斜面を逃げ、怪物は屋根を伝って上へ向かっている。中央棟から、また光が走った。


 像を寄せると、崩れた講堂と塔の奥に、傷一つない建物が浮かんだ。


「ここから壊しますか」


「まだ。あの光そのものが人を変えているなら、通りにいる全員が倒れてる。でも、そうはなってない。変わるのは、先に身体へフォルマを残された者だけだ。軍医の治療も、そのためだったんだろう。中央棟は、それを一斉に起こしてる」


「中央棟を壊せば、止まりますか」


「次は止められるかもしれない。でも、もう変わった者が戻るとは限らないし、壊した反動も分からない。町じゅうの人間で試す気はないよ」


「城外の術者は、怪物になった身体へ進む先を押しつけていた。起こす仕組みと、動かす仕組みは別にある。東の本隊が来れば、動かす方を引き継ぐ。砲列まで揃えば、今度は私たちが町へ近づけない。このまま待てば、中央棟は次を起こし、こちらは出てくる怪物に削られる。副司令は町を囲んでいたんじゃない。学院に時間を渡していたんだ」


 (あの二人が、もしまだ中にいるなら……)


「外からは壊さない。中央棟を奪って、中から止める」


「砲は東へ向けたまま。大半は城外に残し、出てくる怪物と東からの増援を潰せ。中へ入るバスティオンは、まだ動ける者から少数に絞る。私とテオが先に立つ。町の中へは撃つな」


 隣で、剣先が土を噛んだ。テオヴァルドがそれを支えに立とうとしていた。


「少し待って。その右手、まだ言うことを聞いてないでしょう」


「戦えます」


「私もさっき、立てるつもりだったんだよ。結果は見たでしょう」


「……待ちます」


「そうして。主従そろってここで転んだら、さすがに格好がつかない」


 城壁の向こうで光が上がるたび、二人とも目だけを向けた。身体が追いつくまで、剣も杖も持ち上げなかった。陣のあちこちでも、鎧を背にした者たちが地面へ座り、食事を終える前に目を閉じている。急かす声だけは、どこからも上がらなかった。


 次に杖を取った時には、テオヴァルドが隣に立っていた。今度は剣へ身体を預けていない。城内へ入る少数のバスティオンも、すでに揃っていた。


 上空の像を一度だけ確かめ、オーレリアンは人影のない北の城壁へ杖を向けた。幾重ものオルビスが背後に重なり、銀光が杖先へ集まる。


「行くよ――フラクタ・グラヴィタス」


 銀光が北の城壁を貫いた。塔から塔までの石壁が一度に砕け、轟音の中へ消える。土煙が裂けた先に、ヴァルテンの通りがむき出しになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。