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歴代領主の平均生存年数三年の追放先を聖都にしてみた  作者: Lemonade
奇跡と騎士と産業革命の始まり
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手を離すな

 ルーカスを貫いた腕が抜けた途端、傷口から血が噴いた。


 ニコは倒れる身体を抱き止めた。呼びかけても目は開かない。脇腹へ押し当てた手が、たちまち赤く染まった。


 背後で金具が閉じた。寝台へ押さえられた学生の一人が、胸の前まで迫った枠を両手で押し返している。その隣でも、細い腕が金具の下でもがいていた。


 ルーカスの指が、ニコの制服の袖をつかんだ。


「先に……あいつらを」


 つかんだ指が、返事より先に滑り落ちた。


 ニコはルーカスを床へ横たえ、剣を拾った。いちばん近い寝台へ走り、学生の胸を覆いかけた枠を斬る。


「動ける人は、隣を外して。階段へ」


 解放された学生は逃げず、隣の革帯へ手をかけた。その足元で床が割れた。


 右半身を膨らませた教員が、長い腕で寝台を薙いだ。外れた枠が宙を飛び、学生たちの頭上へ落ちる。


 白い障壁が間へ立ち、金具を受けた光に亀裂が走った。床に倒れたまま、ルーカスが左手を上げている。


「早く!」


 学生たちが階段へ走る。最後の一人が肩を貸されて広間を出るまで、ルーカスは腕を下ろさなかった。


 教員の爪が障壁を破る。


 ニコは横から剣を差し込み、膨れた腕を床へ縫い止めた。人の左手が、刃を抜こうとする右手首をつかむ。


「止めろ……私は、違う」


 男はニコではなく、閉じた奥の扉を見ていた。


 爪が石を裂き、剣ごと持ち上がる。ニコの足が床を離れた。


 ルーカスの障壁が消え、代わりに石柱が教員の下から突き上がった。巨体が持ち上がり、爪はニコの頬を掠めて止まる。


 教員の左手は右腕をつかんだまま、もう動かなかった。


 ニコが駆け戻ると、ルーカスの唇から血がこぼれていた。傷を押さえた指にも、もう力がない。


「動かすな」


 広間の奥から学院長が歩いてきた。


「その傷では階段まで保たん」


「近づくな」


 ニコはルーカスを背にして剣を構えた。


「救命だ。そこを退け」


 足元でオルビスが閉じた。


 床に散っていた金具が動き、ルーカスの手首と胸を押さえ込む。ニコが一本を斬った時には、別の枠が脇腹へ食い込んでいた。


 傷の奥へ白い光が沈み、流れていた血が止まった。


「ルーカス?」


 閉じた傷が盛り上がり、その下で何かが身をよじった。右肩まで肉の波が走り、床に投げ出されていた手が爪へ変わっていく。


「やめろ!」


「止めれば死ぬ」


 ルーカスの腕が金具を引きちぎった。爪はニコへ伸びかけ、途中で震えて止まる。その指先に、歪んだオルビスが開いていた。


「ニコ……見えるか」


 ニコは爪になりかけた手首を両手でつかんだ。オルビスは閉じかけるたび、別の線をルーカスの胸へ押し込んでいく。


「手はいい。胸が先だ。そこ――今のを戻して」


 ルーカスは息を詰めた。オルビスの一部がほどけ、沈みかけた線が浮かび上がる。


 爪の先が割れ、人の指が一本だけ戻った。その指がニコの袖をつかむ。


「離すな」


「離さない」


 もう一つの線を指そうとした時、背中に衝撃を受けた。


 手首をつかんだまま、ニコは床へ倒れた。腕が痺れ、声も出ない。それでも指だけは開かなかった。


「そこまで分かるなら、十分だ」


 学院長が足元に立っていた。


 誰かの手がニコの指を一本ずつ外す。最後に残った親指まで剥がされ、ルーカスの手が遠ざかった。


「二人とも運べ」


 閉じていく視界の中で、ルーカスの右手から、人の指がまた消えた。

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