発症
背後で火球が爆ぜた。
振り返りざまにテオヴァルドの剣が炎を割る。熱が二人の脇を抜け、街道に火を引いた。
炎の向こうでは、旗を失った兵が将校の怒声に押され、盾を重ねて戻ってくる。怪物を押さえるバスティオンは動けない。残った者へ槍列が迫った。
オーレリアンの衝撃が先頭の足を払い、崩れた列へテオヴァルドが入る。術者の杖がまとめて宙を舞った。それでも矢は止まらない。
その背後で、城壁の内側から石が噴き上がった。
人影が胸壁を越え、戦場へ落ちる。四本の脚で起き上がると、敵兵へ跳んだ。
足元でオルビスが光った。四本の脚が自ら地面を穿ち、胴がつんのめる。追いついたテオヴァルドの剣が、首へ伸びた腕を払った。
城壁から矢が降った。
横殴りの衝撃が矢を散らした。胸壁では、なお弓を引く者と石段へ走る者がぶつかっていた。
その頭上をオルビスが越え、空から見たヴァルテンが視界に重なった。
城壁際だけではない。町の奥でも屋根が弾け、怪物が軍服を引きずって人々を追っている。石段は逃げる者で塞がっていた。
敵陣の奥に、別の旗が上がった。ヴァルテンの像を視界の端に残したまま、オーレリアンはもう一つのオルビスを敵陣へ送った。
杖を振り下ろすと、銀光が増援へ落ちた。地面が弾け、騎兵も槍列も土煙へ消える。裂け目は後続まで走り、旗を倒した。
傍らでは、テオヴァルドが土から伸びる腕を踏んでいた。怪物になり果てても、見上げる顔は苦痛に歪んだ兵士のものだった。
「あと二日。本隊が来るまで、ここを通さない」
返事の代わりに、東から火球が飛び、胸壁からも怪物が跳んだ。オーレリアンが炎を撃ち落とし、テオヴァルドが怪物を迎えた。
◇
――少し前、ヴァルテン城内。
負傷兵が薬を飲み下した途端、喉が引きつった。息が戻らず、胸の包帯から光が漏れる。向かいの寝台でも、別の兵士が身体を折った。
ニコが手を伸ばすと、兵士の左手がニコの肩を押し返した。
「逃げろ」
背中が反り、軍服の下で肩の形が崩れた。腰が寝台から浮き、増えた脚が床を打つ。右肩から生えた腕が梁を砕き、石と木を廊下へ降らせた。
ニコは剣を立てた。腕が刃を打ち、靴の下で床が削れる。
兵士の顔は変わっていない。肩から生えた顎が剣を噛む間も、人の左手はそれを止めようと首元を掻いていた。
顎に押された剣が、ニコの頬まで戻る。横からルーカスの衝撃が怪物をさらい、せり上がった床石がその間を塞いだ。
「今のうちに!」
ルーカスの声に、エーベル先生と学生たちが患者を廊下の奥へ逃がした。
その間にも、別の寝台が跳ねた。包帯の下から同じ光が漏れ、床に亀裂が走る。どちらも、軍の治療痕から出ていた。
「先生、同じ治療を受けた人は――」
「ここだけじゃない。東から来た負傷兵は、町じゅうへ分けられた」
屋根の弾ける音が、上の通りから次々に響いた。目の前の壁にもひびが走る。
エーベル先生が患者を奥へ追いやったところで、石壁が破裂した。
飛び込んできた腕をニコが受け、ルーカスの衝撃が巨体を天井へ叩きつけた。二人は落ちてくる身体を左右へ避ける。
怪物は床へ触れるなり、ニコへ向きを変えた。
速い。それでも、踏み込むたび片肩が沈み、人の脚を残した側へ重心が傾く。
ニコは沈んだ肩へ踏み込み、爪をくぐって刃を脇腹へ滑らせた。光を帯びた剣が突進を逸らす。
ルーカスが床を突き上げ、怪物を中庭へ放り出す。巨体は転がった勢いのまま起き上がり、逃げる人々を追った。
ニコも窓から飛び降りた。
軍服の切れ端を引きずる怪物が、坂を逃げる人々を屋根伝いに追っていた。守備兵のフォルマが一体を落としても、別の通りからまた現れる。
人の流れに逆らい、ニコは正面の怪物へ剣を合わせた。押し返したところへルーカスのフォルマが足元を崩し、倒れた身体に守備兵たちが縄をかける。
守備兵の一人が、怪物の胸へ剣を突き立てようとした。
ニコは刃で弾いた。怒声が返るより早く、隣の建物が内側から割れた。
そこから飛び出した怪物が守備兵をさらい、屋根へ跳ね上がる。縄をかけられた一体まで暴れ出し、兵たちが散った。
ルーカスのフォルマが、屋根の怪物を空中で止める。腕から放れた兵が瓦の上へ転がった。
怪物の背に埋まった光が脈打ち、触れていたオルビスへ滲み出した。
「解いて!」
ルーカスがフォルマを解く。右手は握り込んだまま開かず、左手で指をこじ開けた。
「何だ、今の」
「分からない。でも、もうあれにフォルマを使わないで」
ニコの剣だけは、まだ光を保っていた。
答えを探す間もなく、治療棟の床がまた割れた。




