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歴代領主の平均生存年数三年の追放先を聖都にしてみた  作者: Lemonade
奇跡と騎士と産業革命の始まり
54/108

一つの魂

 止まった大剣の脇を、怪物の顎がすり抜けた。


 バスティオンの胸がまともに打たれ、巨体が地面を滑る。異形は倒れた鎧へ覆いかぶさり、肩口へ噛みついた。金属が軋み、首元の隙間が開いていく。


 テオヴァルドの剣が、その顎へ割り込んだ。


 刃を噛んだまま、四本の脚が少年を押し下げる。泣いている人の顔とは別に、残った腕がテオヴァルドの喉へ伸びた。


「フラクタ・グラヴィタス」


 オーレリアンの銀光が、異形の胴を貫いた。


 身体が一度だけ跳ね、二人の間へ落ちる。人の顔は泣いたまま、もう動かなかった。


 (殺さずに済ませようとして、テオを殺すところだった)


 オーレリアンが次を探した時には、軍列のあちこちで軍服が裂け始めていた。


 長すぎる脚で味方を踏み潰す者。肩から生えた顎に引きずられ、地面を掻く者。逃げる兵と異形がぶつかり、崩れかけていた陣は完全に形を失った。


 その奥で、残った術者たちが次の一列へ杖を向ける。


 テオヴァルドが異形の間を抜けた。オルビスが開くより早く衝撃が走り、杖と術者をまとめて薙ぎ倒す。


 新たな変身は止まった。それでも、変わった者たちは止まらない。


 一体がバスティオンを振りほどいた。獣の脚はヴァルテンへ向かい、人の左手だけが逆らうように土をつかんでいる。


 テオヴァルドが振るった剣に、怪物の歯が弾かれた。


 歯は宙でゆっくりと回った。


 音が消えた。


 舞い上がった土は落ちず、逃げる兵の足も次の一歩へ届かない。開いた口も、振り下ろされる剣も、声を失ったまま止まっている。


 獣の脚は町へ。人の手は後ろへ。


 一つの身体で、二つの動きが引き裂き合っている。それでも前へ進めるのは、背に残ったフォルマが、両方を同じ方向へ押し続けているからだった。その無理を支えている魂は、一つしかない。


 (混ざったんじゃない。一人に、二つの身体を押しつけたのか)


 道端で、石を浮かせる前にほどけたニコのオルビス。


 握った剣にだけ残った光。


 ニコのフォルマは、身体の外へ出たところでほどける。目の前では逆だった。別々に動こうとする二つの身体を、外から同じ方向へ縛りつけている。


 (なら、身体を裂かなくても――)


 その歯が地面へ落ち、音が戻った。


 杖先でオルビスが閉じる。


 ヴァルテンへ跳ぼうとした四本の脚が、同じ力で地面を打ち抜いた。身体は前へ出ず、自ら穿った穴へ沈む。


 怪物の腕が土を掻いたところへ、バスティオンたちが飛びついた。今度は振りほどかれない。


 別の一体が横を抜けようとする。こちらは獣の脚ではなく、背から伸びた腕に身体を引かれていた。


 同じフォルマは使えない。どこで二つの動きが重なるか、一人ずつ違っている。


 オーレリアンは狙いを変え、二つ目のオルビスを閉じた。伸びた腕が地面へ叩きつけられ、後ろから追いついたバスティオンが身体ごと押さえ込む。


 そこで飛んできた矢が狙ったのは、アッシュマークの兵ではない。地面でもがく異形たちだった。


 銀光が矢を砕き、そのまま射手の列を薙いだ。弓も杖も宙へ飛び、拾おうとした兵の足元へ深い亀裂が走る。


「次に撃った者は、武器ごと砕く」


 誰も動かなかった。東へ逃げる兵にも構わず、バスティオンは暴れる身体を押さえ続けた。


 肩甲へ噛みついたままの一体が、人の目だけでオーレリアンを追った。


「聞こえてるなら、目を閉じて」


 怪物の顎が金属を削り続ける中、人の瞼だけがゆっくりと閉じた。


 傍らへ戻ったテオヴァルドが、閉じた瞼を見た。


「戻せますか」


「分からない。でも、本人はまだいる。連れて帰る」


 次の一体へ杖を向けた時、ヴァルテンの中へ光が落ちた。


 屋根が弾け、四本脚の影が瓦礫から跳び出す。城壁の兵たちが、町の内側へ武器を向けた。


 さらに奥へ、もう一つ。


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