一つの魂
止まった大剣の脇を、怪物の顎がすり抜けた。
バスティオンの胸がまともに打たれ、巨体が地面を滑る。異形は倒れた鎧へ覆いかぶさり、肩口へ噛みついた。金属が軋み、首元の隙間が開いていく。
テオヴァルドの剣が、その顎へ割り込んだ。
刃を噛んだまま、四本の脚が少年を押し下げる。泣いている人の顔とは別に、残った腕がテオヴァルドの喉へ伸びた。
「フラクタ・グラヴィタス」
オーレリアンの銀光が、異形の胴を貫いた。
身体が一度だけ跳ね、二人の間へ落ちる。人の顔は泣いたまま、もう動かなかった。
(殺さずに済ませようとして、テオを殺すところだった)
オーレリアンが次を探した時には、軍列のあちこちで軍服が裂け始めていた。
長すぎる脚で味方を踏み潰す者。肩から生えた顎に引きずられ、地面を掻く者。逃げる兵と異形がぶつかり、崩れかけていた陣は完全に形を失った。
その奥で、残った術者たちが次の一列へ杖を向ける。
テオヴァルドが異形の間を抜けた。オルビスが開くより早く衝撃が走り、杖と術者をまとめて薙ぎ倒す。
新たな変身は止まった。それでも、変わった者たちは止まらない。
一体がバスティオンを振りほどいた。獣の脚はヴァルテンへ向かい、人の左手だけが逆らうように土をつかんでいる。
テオヴァルドが振るった剣に、怪物の歯が弾かれた。
歯は宙でゆっくりと回った。
音が消えた。
舞い上がった土は落ちず、逃げる兵の足も次の一歩へ届かない。開いた口も、振り下ろされる剣も、声を失ったまま止まっている。
獣の脚は町へ。人の手は後ろへ。
一つの身体で、二つの動きが引き裂き合っている。それでも前へ進めるのは、背に残ったフォルマが、両方を同じ方向へ押し続けているからだった。その無理を支えている魂は、一つしかない。
(混ざったんじゃない。一人に、二つの身体を押しつけたのか)
道端で、石を浮かせる前にほどけたニコのオルビス。
握った剣にだけ残った光。
ニコのフォルマは、身体の外へ出たところでほどける。目の前では逆だった。別々に動こうとする二つの身体を、外から同じ方向へ縛りつけている。
(なら、身体を裂かなくても――)
その歯が地面へ落ち、音が戻った。
杖先でオルビスが閉じる。
ヴァルテンへ跳ぼうとした四本の脚が、同じ力で地面を打ち抜いた。身体は前へ出ず、自ら穿った穴へ沈む。
怪物の腕が土を掻いたところへ、バスティオンたちが飛びついた。今度は振りほどかれない。
別の一体が横を抜けようとする。こちらは獣の脚ではなく、背から伸びた腕に身体を引かれていた。
同じフォルマは使えない。どこで二つの動きが重なるか、一人ずつ違っている。
オーレリアンは狙いを変え、二つ目のオルビスを閉じた。伸びた腕が地面へ叩きつけられ、後ろから追いついたバスティオンが身体ごと押さえ込む。
そこで飛んできた矢が狙ったのは、アッシュマークの兵ではない。地面でもがく異形たちだった。
銀光が矢を砕き、そのまま射手の列を薙いだ。弓も杖も宙へ飛び、拾おうとした兵の足元へ深い亀裂が走る。
「次に撃った者は、武器ごと砕く」
誰も動かなかった。東へ逃げる兵にも構わず、バスティオンは暴れる身体を押さえ続けた。
肩甲へ噛みついたままの一体が、人の目だけでオーレリアンを追った。
「聞こえてるなら、目を閉じて」
怪物の顎が金属を削り続ける中、人の瞼だけがゆっくりと閉じた。
傍らへ戻ったテオヴァルドが、閉じた瞼を見た。
「戻せますか」
「分からない。でも、本人はまだいる。連れて帰る」
次の一体へ杖を向けた時、ヴァルテンの中へ光が落ちた。
屋根が弾け、四本脚の影が瓦礫から跳び出す。城壁の兵たちが、町の内側へ武器を向けた。
さらに奥へ、もう一つ。




