人のまま
剣の折れる音が重なり、指揮官を囲んでいた護衛が退いた。
その間をテオヴァルドが抜ける。振り下ろされた刃は空を切り、返す一撃が旗竿を根元から断った。
指揮旗が倒れても、軍は止まらなかった。
別の旗が上がる。東を向いていた隊列の両端が曲がり、背後へ入り込んだアッシュマーク軍を包み始めた。
オーレリアンたちは、ヴァルテンの城壁と敵の本陣の間へ突き入っていた。テオヴァルドが中央の旗を追い、その左右でバスティオンが包囲を押し返している。
オーレリアンは後方から全体を見ていた。北では騎兵が退路へ回り、正面では長槍の列が揃い始めている。
長槍の前で、地面が弾けた。
バスティオンが土煙に隠れた。そこから槍の列が押し戻され、後ろの者たちも崩れた隙間へ踏み込んだ。
一人が割れた地面へ膝まで沈んだ。槍が集まる前に左右の二人が引き上げ、大剣が穂先をまとめて払う。列は止まらなかった。
鎧へフォルマが当たるたび、足元の土が抉れた。それでも倒れない。前列を押し込み、左右から閉じかけた隊列を内側へ折っていく。
陣の奥で、オルビスが一斉に開いた。
狙いは鎧ではない。光が、バスティオンたちの足元へ集まっていく。
(鎧は耐える。地面が先に落ちる)
オーレリアンの一撃が戦場を横切り、術者たちを薙いだ。完成しかけたフォルマが空中で弾け、地面へ届く前に消えていく。
轟音に遅れて土が降った。その下から現れたバスティオンの列は、すでに盾へ手をかけていた。
そこへバスティオンたちがなだれ込んだ。大剣が盾を割り、長柄が槍を跳ね上げる。押し戻された兵が後ろの列へぶつかり、向きを変えかけていた軍列が中央から崩れた。
テオヴァルドは、その混乱よりも速かった。
上がった旗へ向かう途中で、立ちはだかった者だけが倒れていく。衝撃が術者の列を裂き、二本目の旗も地面へ落ちた。
真っ先に逃げたのは騎兵だった。崩れる歩兵を置き去りにし、馬腹を蹴って東へ走る。
だが、振り返った騎兵の横を、バスティオンが並んで走っていた。脚甲の文様が灯り、籠手が男を鞍からさらう。ほかの騎兵も陣を出る前に追いつかれ、鞍から引きずり下ろされた。東へ走り続けたのは、主を失った馬だけだった。
列を保っている部隊も、隣が退けば盾の端が空く。そこへバスティオンが入り、列も分かれていった。
戦場から、カシミール皇子の旗が消えていく。
武器を捨てる兵が現れた。将校が立たせても、別の場所でまた剣が落ちる。命令だけでは、もう軍を戻せなかった。
オーレリアンは杖を下ろさなかった。
崩れた兵の向こうに、膝をついた一隊が残っている。武器はなく、両手を背中で縛られ、軍服の右半分だけを布で巻かれていた。後ろには術者たちが並んでいる。
誰一人、顔を上げない。この一隊のことは、使者の報告にもなかった。
最後の旗が上がり、退いていた兵が一隊の前へ集まった。
術者の一人が首を振る。将校の剣が、その喉へ向いた。
オーレリアンは、それが命令になるのを待たずにオルビスを開いた。
(間に合え)
「テオ、術者を――」
銀光が届くより早く、オルビスから兵たちの背へ光が落ちた。
一人が、縛られた腕ごと身体を反らした。
軍服の下で右肩が膨れ、布と縄を一緒に引き裂く。人の胸が沈み、その脇から別の胸郭がせり上がった。腰から四本の脚が地面へ落ち、肘から先は獣の顎へ変わった。
その顎が将校の肩へ食いつく。隣の兵も縄を引きちぎった。
立ち上がるたび、人の形が一つずつ失われていく。
異形は敵も味方も見分けず、そばの兵と術者へ襲いかかった。将校たちは逃げた。
後ろから矢が飛び、何本も背へ刺さった。それでも止まらず、近くの人間へ向かった。
逃げかけていた兵の列が、今度は前から崩れた。
バスティオンの一人へ、異形が跳んだ。
大剣が迎える。刃が人の首へ届く寸前、オーレリアンには、その身体を支えている光が見えた。
魔獣のものではない。
(魂は、人間のままだ)
「撃つな!」
考えるより先に、声が出た。
大剣が止まった。
刃の向こうで、人の顔だけが泣いていた。




