煙の向こうへ
二発目の轟音はさっきより遠く、窓枠が鳴っただけで、床の硝子は動かなかった。
ルーカスはニコと伏せたまま次を待ったが、着弾は来ない。
町の外で砲声が重なり、耳を澄ますうち、その間が少しずつ長くなった。
ルーカスは窓の下から外を覗いた。
東の空は土煙に消え、遠い丘にはレオポルト大公の旗が並んでいた。その手前で、カシミール皇子の援軍がヴァルテンへ背を向けている。
泥と包帯にまみれた兵たちは、もう盾の後ろへ弓兵と術者を収め、ひとつの軍列へ戻っていた。
丘から光が放たれるたび、盾列の前でオルビスが開く。砲撃は空中で弾け、外れたものだけが城壁の外へ土を噴き上げた。
大公の旗の下から歩兵が坂を下り始めても、町を背にした軍列は動かなかった。
その後ろから、窓のない箱車が現れた。
一台ではない。斜面へ並ぶと、扉がほとんど同時に落ちた。
最初に這い出した兵士は、人の顔と胸を残したまま、四本の脚で地面を蹴った。
片腕だけが地面へ届く者、肩から獣の顎を生やした者も続く。
破れた帝国の軍服が、どの身体にも残っていた。
「マルクと同じだ」
隣で、ニコの手が剣の柄を握った。
異形の兵士たちは、後ろの歩兵を置き去りにして坂を駆け下りた。地を蹴る音が、砲声の切れ間にも届く。
まだ、矢は放たれない。弓弦も杖も上がったままだった。
先頭が盾へ届く寸前、軍列の中央が左右へ割れた。一瞬、押し破られたようにも見えた。
突進した身体が、その隙間へ飛び込む。四本の脚は前へ走りながら、人の顔だけが後ろを向いていた。
両側から矢と光が降った。
矢を弾いた脚を光が砕き、倒れたところへ盾が閉じる。それでも人の腕は、土をつかんで前へ進もうとした。
長槍は、人の胸を地面まで貫いた。
次の一体が盾を飛び越えた。盾兵たちの頭上を、その影が覆う。
宙へ上がった顔だけは、怯えた兵士のままだった。開いた口が、何かを叫ぼうとしている。
その腹の下でオルビスが開き、巨体が折れて落ちる。声は届かなかった。
残った者たちは左右へ散った。
逃げ道に見えた場所だけが、不自然に広く空いている。そこへ追い込むために、最初から列を割ったのだとルーカスは気づいた。
そこへ踏み込むたび、三方から射撃が重なった。
ヴァルテンの城壁へ届いた者は、一人もいなかった。
異形が倒れ切る前に、その後ろの歩兵は坂の途中で足を止めた。
その迷いへ、騎兵が左右から走り込む。丘の歩兵はようやく退こうと向きを変えた。
騎兵はその脇を抜け、逃げ道へ先回りするように斜面を駆け上がった。
正面からは盾の列が進み、丘の術者たちへ迫っていく。
旗が一本倒れた。隣の旗は、自ら下がった。
ヴァルテンの門は、最後まで閉じたままだった。
城壁から歓声が上がり、町の下段へ広がっていく。
廊下で息を潜めていた学生たちも窓辺へ戻り、誰かが笑い、別の誰かはその場へ座り込んだ。
ルーカスも、ようやく息を吐いた。
「勝ったんだ」
ニコは答えなかった。退いていく兵ではなく、丘に残された箱車を見ていた。
坂を制した兵たちは、倒れた異形と壊れた車へ火を放った。歓声はもうない。
その傍らでは、白衣の者たちが後ろ手に縛られ、扉の開かなかった箱車へ馬がつながれていく。
「……あれは、焼かないのか」
やがて箱車は、捕虜とともに軍列の奥へ運ばれていった。
その後ろで、異形を焼く煙だけが高くなった。




