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歴代領主の平均生存年数三年の追放先を聖都にしてみた  作者: Lemonade
奇跡と騎士と産業革命の始まり
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夢に残る手応え

 背中に、冷たい金属が張りついていた。


 白い天井が揺れている。肩と腰を革帯が締め、背骨の両脇へ金具が押し当てられていく。


「人の形には戻っています。ただ、魔獣とのつながりは切れていません」


 声の方へ顔を向けても、光しか見えない。


「それでも、ここまで戻ったのはこの子だけだ」


 瞬き一つの間に革帯が消え、ニコは身体を起こしていた。手をついた金属が、指の形に窪んだ。


「フォルマを使え」


 フォルマを使おうとした。掌の先に現れた光は、形を結ぶ前にほどけた。もう一度試しても同じだった。


 剣が差し出された。柄を握った時だけ、光は刃に沿って留まった。手を離すと消えた。


      *


 気が戻れば、ニコは裸足で廊下に立っていた。背中に金具の冷たさだけが残り、正面には扉がある。


「開けて。戻れたんだろ。だったら、ここを開けて」


「開けるな。あの中にいるのは、もう人ではない」


「まだ、ここにいる。聞こえてるだろ」


 扉の前に立つ男は、片手で掛け金を押さえ、もう一方の手で剣を半ばまで抜いた。


 光が、視界を横切った。


 気づけば、男は扉を背に崩れ、ニコの右手には血に濡れた剣があった。振った記憶はないのに、肉を断った手応えだけが腕の奥に残っていた。


 掛け金に残った死者の指を、ニコは一本ずつ外した。最後の一本で手が止まり、それもほどいて掛け金を上げた。


 扉は内側から開いた。最初に出てきた者は人の顔をしていたが、長い両腕を床につけて身体を支えていた。ニコを見ると、笑った。


「本当に戻れたんだな」


 その後ろから、背の曲がった者や、片脚だけが膨れた者たちが駆け抜けていく。外へ出られたと喜ぶ声は、どれも人のものだった。走り去った先から、間もなく悲鳴が続けて上がった。


      *


 止まれ、と何度も身体に命じた。左脚で踏みとどまろうとするたび、右脚がその力ごと奪って前へ跳ぶ。息を吸うたび、人の胸に遅れて右側が膨らみ、その力で身体はまた前へ押し出された。


 正面で盾がこちらを向いた。弓兵が膝をつき、その後ろで術者たちがオルビスを開く。左手を上げても、誰一人として杖を下ろさない。


 違う。襲いたいんじゃない。そう伝えようと口を開いたが、喉から出たのは潰れた息だけだった。


 (撃たないでくれ)


 矢が胸へ入った。痛いはずなのに、それは身体の奥で起きた遠い出来事のようだった。胸に矢が残る違和感と、膝が折れてようやく止まれた安堵だけが、妙にはっきりしていた。これで分かってもらえる。


 それでも射撃は止まらなかった。光に背を焼かれ、右腕の感覚が消える。伏せていても、正面の杖は下がらない。


 左手だけが動いた。まだ生きていると伝えたくて、土をつかんだ指を持ち上げようとした。


 次の光が落ちた。


 頭の奥を熱が走った。軍列も野も、開けた扉も、走り去った者たちも白く焼けていく。その白さの中で、右手だけが血に濡れた剣を握っていた。


      ◇


 右手は、まだ血に濡れていた。


 目を開けると血は消え、握り潰された鉄枠だけが掌に食い込んでいた。


「まだあの怖い夢を見たか」


 ルーカスの声で、ようやく指から力が抜けた。


 それでも、剣を振った感触だけは腕に残っていた。


「……夢じゃないかもしれない」


「どういう意味だ」


「僕は――」


 遠くで光が走り、遅れて轟音が部屋を揺らした。


 マルクを撃った軍は町の東に陣を敷き、その先の丘を別の旗が埋めていた。光は、その丘から上がっていた。


「伏せろ!」


 ルーカスに突き倒された直後、窓が内側へ弾けた。降り注いだ硝子片を、城内から響いた轟音がもう一度震わせた。


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