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歴代領主の平均生存年数三年の追放先を聖都にしてみた  作者: Lemonade
奇跡と騎士と産業革命の始まり
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救命の荷

 ニコの町図の上へ、学院長の手から書状が滑り落ちた。割れた赤い封蝋が、ヴァルテンへ続く道をちょうど断っている。


「ローデンが落ちた以上、ここだけ昨日のままというわけにはいかん」


 ついさっきまで学院長室を満たしていた昇級の話は、そこで途切れた。


「東では、まだ担架から降りられない負傷兵まで、治療所から軍へ戻されている。次にこちらへ届くのは、学院のフォルマ使いを軍務へ差し出せという命令だろう」


「町が返事を延ばせば?」とエーベル先生が尋ねた。


「いくらかは稼げる。だが皇子側からも、審理が済むまでは今の指揮を保てという命令が来る。どちらも本物だ。片方へ従えば、もう片方には背いたことになる」


「皇子側が先に兵を出すなら、ヴェイル卿が来るんですか」


 ルーカスの脳裏に、街道での戦いが戻った。テオヴァルドは指揮官に剣を抜く暇さえ与えず、オーレリアンのフォルマは離れた兵まで一息に伏せた。それほどの力を見せた後も、二人は倒れた者を置いて先を急がなかった。


「地方長官は、そのつもりだろう。だがヴェイル家は昔から大公の側だ。彼が家の旗へ戻るのか、自分の領地の名で立つのか、こちらにはまだ分からん」


「あの二人が来るなら、まず話したいです。敵だと決めるのは、それからでも遅くありません」


 隣で、ニコも小さく頷いた。


「相手も同じ順で考えるとは限らん。だが、話す時間が欲しいなら門前を空けておけ。逃げる人で塞がった門に、使者は立てん」


 学院長は書状を畳み、下敷きにしていた町図をニコへ返した。「続きを描きなさい。クラウス、指揮を任せたからといって、町まで君の都合に合わせてくれるわけではない。使う図なら、描いた者の話を聞け」


 エーベル先生が先に扉を開けた。「行こう。旗が見えてからでは遅いからね」


      ◇


 東の坂を上ってきたのは、大公家の旗でも、皇子の旗でもなかった。


 帝国鷲は一枚だけで、その下を担架と負傷兵の列が途切れずに続いていた。血と薬草の匂いが、隊列より先に治療所まで届く。裂けた軍服はどれも帝国のものだというのに、付き添う兵たちは隣の肩章を警戒するように歩いていた。


 ルーカスたちが寝台を運び出す間にも、呻き声は坂を上ってくる。最後尾の箱馬車だけが列から離れ、御者まで逃げるように降りた。


「中にいるのは?」


 護送役は、エーベル先生へ封書を押しつけるように渡した。


「新しい救命処置を受けた重傷者です。途中で暴れたため、開けるなと命じられています」


 馬車の内側で鎖が鳴り、続けて鈍い音が響いた。箱全体が片側へ浮く。扉の隙間から、血の気を失った人の指が一本だけ現れた。何かを探すように宙を掻き――その脇から、灰色の甲殻に覆われた腕が扉を打ち抜いた。


「魔獣だ!」


「撃たないでください!」


 ニコの声とほとんど同時に、ルーカスはフォルマを放っていた。馬車の前で石畳が持ち上がり、門楼から走った光を受け止める。治りきらない右肩が裂けるように痛んだが、フォルマは解かなかった。


 砕けた扉から落ちた兵士は、顔も左腕も人のままだった。ところが右肩は首より高く盛り上がり、甲殻の腕が身体を引きずっている。破れた軍服の下では、人の胸が浅く上下するたび、獣じみた胸郭が遅れて膨らんだ。


「……いたい」


 その一言の直後、甲殻の腕がエーベル先生へ振り下ろされた。


 間へ飛び込んだニコが、両手で手首を受け止める。石畳が膝の下で割れた。剣は腰に収まったまま、オルビスも光もない。それでも、人の胴ほどある腕は、そこから先へ少しも進まなかった。


 ルーカスは何度も、ニコが剣で上級生を退けるところを見てきた。だが、何も持たないあの細い腕を、怖いと思ったのは初めてだった。


「ニコ!」


 ルーカスは盛り上がった肩へ横から衝撃を叩き込み、兵士を馬車の側板へ押し戻した。エーベル先生のフォルマで石畳がせり上がり、暴れる脚を挟む。護送の兵たちもようやく近づき、外れかけた鎖を掛け直していった。最後まで甲殻の腕を止めていたニコが手を放すと、兵士の身体は石の上へ崩れた。


 人の左手が、自分の胸を探った。


「たすけて、くれ」


 エーベル先生はすぐに膝をつき、顔を寄せて呼吸を確かめた。


「寝台を一つ空けて。この人を中へ運ぶ」


「危険です」と護送役が言った。「施さなければ死んでいた男です。見てのとおり、もう普通の身体では――」


「今、助けてくれと言った。続きは、この人を中へ運んでから聞きます」


 ルーカスは左側から兵士の肩を支えた。触れた軍服の下に、人の体温と、石のように冷たい硬さが同居していた。


 寝台が治療所へ消えた後も、ニコだけは箱馬車の前から動かなかった。壊れた扉の奥では黒布がずり落ち、人を寝かせるための細長い鉄台が現れている。肩と腰の位置に革帯が垂れ、背中の下へ当たる部分には、細い金具が隙間なく並んでいた。


「ニコ?」


「これに寝かせたら、戻れない」


「何から?」


「分からない。見た覚えもない。でも……知ってる」


 鉄台の縁へ置かれた指に、ゆっくり力が入る。厚い鉄が音もなく窪み、五本の跡を残した。剣はまだ腰にあり、光もない。先ほど、あの腕を止めた時と同じだった。自分の指跡に気づいたニコが、弾かれたように手を離した。


「ニコ」


 騒ぎを聞いて現れた学院長は、潰れた鉄を見ても足を止めなかった。


「そこから離れなさい」


 何が起きたのかは、尋ねなかった。


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