アッシュマーク、門を開く
「エーレンフェルト伯爵一行は、明日の午後に到着されます」
ミラの声が、完成したばかりの議事堂へ初めて響いた。
窓は高く、長い卓の左右には、今いる者の数よりずっと多くの椅子が並んでいる。木と漆喰の匂いも、まだ混じったままだった。
「ここを最初に使う相談が、町の見せ方になるとは思いませんでした」
「領主の家の食堂を卒業できただけでも、かなりの進歩だよ」
空いた席を見回し、テオヴァルドが尋ねた。
「これほど必要になるのでしょうか」
「今は多すぎても、じきに足りなくなります」とミラは答えた。
町の者、移り住んだ者、ローデンから通う者。誰の暮らしをどこまで決めるのか、もう三人で卓を囲めば済む町ではない。
「バスティオンは九十六名です。そのうち二十四名は、ローデンと街道から動かせません。残る七十二名のうち、門へ出すのは八名。ほかは予定どおり訓練を続けさせます」
「オートマタは二百四十体。壁の外まで安定して出せる機体は四十八体になりました。マルタさんが各地の避難先へ手紙を回し、教会を追われた方々へ声をかけてくれています。ここへ来た方は二十七名。その中で、町の外から複数の機体を動かせる方は十二名です」
「全部を門へ並べたら、必死に強く見せようとしてるみたいだ。迎えは八名でいい。あとは歩くたびに、向こうから気づいてもらおう」
「少し意地が悪いですね」
「余裕のある歓迎、と言ってほしいな」
地下と工房の奥は、明日も閉じたままにする。町が成し遂げたものは見せる。その心臓まで差し出すつもりはなかった。
◇
使節団を乗せた箱馬車が、閉ざされた東門の前で止まった。左右の門塔は、見上げるほど厚い壁からそのまま立ち上がり、間を埋める門扉には幾重もの金属が重ねられている。まともな指揮官なら、閉じた姿を見ただけで正面攻めを捨てるほどの門だった。
馬車から最初に降りたのは、コンラート・エーレンフェルト伯爵だった。四十代の終わりほどに見える長身の男で、旅装の上にも伯爵位を示す大肩章を外していない。大公家の軍務官と、ヴァルテンの市政を預かる代表者は、その半歩後ろに続いた。
門扉の前には、八名のバスティオンが立っている。大剣と長柄を垂直に置き、兜を閉じたまま、一行を待っていた。その中央へ進み、オーレリアンが杖を立てた。
「エーレンフェルト伯爵、ならびに皆様のご来訪を歓迎する。今日は、我が領が何を守り、何をお約束できるか、その目でご覧いただきたい」
「お招きに感謝いたします、ヴェイル卿」
伯爵が一礼すると、八名の背から脚へ白い文様が走った。一斉に片足を引いた音が石敷きを震わせ、門塔の間へ重く返った。
門楼の奥から、地を這うような音が届いた。継ぎ目に淡い光が走り、巨大な扉がゆっくり内側へ退いていく。
最初に春の光が細く差し込み、隙間が広がるにつれて、一本の大通りが坂の上まで現れた。門から見えたのは、その一筋だけではない。左右へ分かれた道がさらに上の通りへ折れ、幾層もの家並みを縫って、城壁の内側いっぱいへ伸びている。
通りの両側には、四階、五階まで積み上がった石造りの建物が並んでいた。斜面の下では市場や工房を抱え、その屋根の高さを、次の段の広場と回廊が越えていく。建物同士を結ぶ渡り廊下の下から、さらに奥の屋根と人影が覗いた。町は横へ広がっただけではない。坂そのものを、何段にも重なって登っていた。
窓の多い治療棟、湯気を上げる大浴場、荷車がそのまま入れる共同倉。その上に新しい議事堂と建設中の塔が立ち、午後の日を返している。帝都の上街区でも、一つの屋敷に集める設備が、ここでは大通りの端から端まで続いていた。
「ローデンで伺った話でも、ずいぶん控えめだったようですな」エーレンフェルトが門塔から坂の上へ目を移す。「まだ入口ですよ」
市場の露店には干した薬草、染めた布、春野菜が軒先まで色を重ね、その背後では吹き抜けの工房を三階分の窓が囲んでいた。石畳の下を水が走り、街路の汚れをさらっていく。帝都なら上級貴族の区画にしかない温水が、ここでは浴場だけでなく、治療棟と共同の炊事場まで届いていた。
「私が着任した時、この辺りに屋根はほとんどありませんでした」
「まだ二年も経っていないはずですが」
「ええ。住む人が増える方が、こちらの図面より速かったので」
広い通りを、石材を抱えたオートマタが横切った。別の一群は四階の高さへ梁を渡し、壁際では穀物袋を満載した荷車が、倉の中へ次々と吸い込まれていく。擦り切れた黒衣の男が小さなオルビスを開くと、四体が別々の荷を抱えたまま、互いを避けて進路を変えた。
「聖職者ですか」
「聖務は奪われました。でも、学んだことまで失ったわけではありません」
男は一行へ気づくと、杖を持たない手だけを上げた。機体は仕事を続け、通りを横切る子どもの前で足を緩める。
南壁へ近づくと、槌とは違う重い音が、何段も下の石畳から返ってきた。訓練場では六十四名のバスティオンが四つの隊列に分かれ、合図とともに背から両脚へ文様を灯す。巨体の列が白い残光を曳き、壁際の広場を端から端まで駆け抜けた。
最初の隊列が並べた石柱の間を抜け、大剣を続けて閃かせた。柱の上半分だけが一拍遅れて滑り落ちる。後ろの隊列は崩れた石へぶつかる寸前で向きを変え、長柄の刃で落ちてくる石を空中から消していった。
最後の一人が止まってから土煙が一行へ届いた。「ローデンでは、これが城壁へ向かってきたのですか」笑みを消したエーレンフェルトに、オーレリアンは土煙の向こうを示した。「ええ。ただ、あの時より少し速くなりました」
訓練場を離れると、五階建ての学び舎の吹き抜けから子どもの声が降ってきた。開け放した教室では山の西から届いた昔話を読み、上の階では年長の者が畑の水量を測った数字を書き写している。襟や袖に異なる司教区の名残を持つ者たちが、その間を行き来していた。
学び舎の先で、何層もの高窓を持つ議事堂が再び視界を塞いだ。そのすぐ隣に、修復されたオルカペルが立っている。尖塔は議事堂の二階の窓にも届かず、かつて集落で最も高い場所にあった礼拝堂が、巨大な石壁の前で掌に載るほど小さく見えた。
「あれが、最初の礼拝堂ですか。大きくはなさらなかったのですな」
「ミラが、ここだけは今のまま残すと譲らなかったんです」
「大きな礼拝堂が必要なら、別に建てます。ここまで造り替えれば、壁も家もなかった頃に皆が身を寄せた場所まで、なくなってしまいますから」ミラはそう答え、議事堂の高い扉を開いた。大扉の影が、オルカペルの石段まで伸びた。
一行は席に着かず、長卓を挟んで向き合った。オーレリアンは杖を手にしたまま、伯爵が書状を取り出すより先に口を開く。
「本題へ入りましょう」
「レオポルト大公のもとには、以前から軍務官と諸侯が連なり、兵も物資も一つの指揮へ置こうとしている。対するカシミール皇子は、地方長官と諸都市、それぞれの権限を守る家々の後ろ盾だ。東の諸侯も都市も、どちらに属するかはとうに定まっている。変わったのは、皇帝陛下への忠誠を掲げたまま、互いの道と城へ手を伸ばし始めたことだ」
「ローデン子爵家は、もとからレオポルト大公に属している。そのローデン全域を、カシミール皇子に近い地方長官が私へ預けた。大公殿下が子爵家を守るおつもりなら、使節ではなく、返還を求める書状が届いていたはずだ」
「同じ争いは、帝国のあちこちで始まっている。ヴァルテン一つで大勢は決まらない。だが、この地方では、周辺の軍道と学院のフォルマ使いを抱えるあの町を失った側が、しばらく動けなくなる」
「カシミール皇子に近い地方長官は、今の指揮を保てと命じている。次は、町を守るという名目で皇子側の軍を東門へ置くでしょう。ヴァルテンが受け入れれば、城塞も学院も事実上は向こうの指揮下へ入る。あとから退かせる側が、攻め手になる」
「エーレンフェルト伯の軍が東から圧力をかけ、その間に、ローデンの道から私の軍を入れる。大公殿下はローデンを取り返すより、私ごと使う方を選んだ。皆様の案は、そうでしょう」
「否定はいたしません。大公殿下は、ヴァルテンをカシミール殿下の軍へ明け渡すおつもりはない」
「もう一つ、提案があります」
伯爵の指が、用意してきた書状から離れた。
「アッシュマークが、ヴァルテンを押さえます」
「城塞都市を、単独で?」
オーレリアンは答えず、伯爵の肩越しに東の高窓を見た。外壁の望楼で赤い旗が上がり、春の畑よりさらに遠い平原を、アッシュフェンの大群がこちらへ押し寄せていた。
杖先に小さなオルビスが閉じた。議事堂を囲むすべての高窓が一斉に押し開かれた。それを合図に、外壁の上で塔の一部にしか見えなかった長大な砲身が、ゆっくり平原を向く。砲身の奥に凝った銀光が、昼の空から色を奪った。
音より先に、平原が白く反転した。砲口から放たれた光が群れを端から端まで呑み込み、遅れて届いた轟音と風圧が、開いた窓から議事堂を突き抜ける。伯爵の用意した書状が長卓を滑った。光の退いた平原には、煤色の背も、逃げる影も一つとして残っていない。黒く焼けた大地の上で、細い残光だけが揺れていた。
「次は、こちらからの条件を申し上げましょう」




