銀線のない勝者
勝者の制服に、上級者を示す銀線は加えられなかった。
会議室から戻ったエーベル先生は、廊下で待っていた二人を空き教室へ入れるなり告げた。
「勝敗に異論はない。昇級だけが退けられた」
ニコの頬には昨日の傷を覆う布があり、腕の中には借りたままの練習剣がある。廊下を通る学生たちは、開いた扉に気づくたび、試験場で勝った少年の名を呼んだ。
「剣から離れた場所へフォルマを届かせられない者に、他人は預けられない。昨日、観覧席へ流れた一撃を止めたのがルーカスだったことまで、理由にされた」
包帯の下で、ルーカスの右肩が疼いた。あそこで飛び降りなければ、と考えかけ、すぐにやめる。あの一撃の先には人がいた。
「僕が勝った後に、相手が放ったものです」
「言ったよ。勝った後も試験のうちだそうだ」
ニコは胸元へ目を落とし、しばらく黙った。
「では、あの試験は何を決めるためだったんですか」
「同じことを聞いた。答えはなかった」
先生の声には、昨夜から何度も同じ話をした疲れがあった。
「推薦は取り下げない。君が勝ったことも、通常のフォルマを使えないことも、どちらも事実だ。退けられるたび、また出す。ただ、今日すぐに覆せるとは言えない」
「不服です。でも、昨日の勝ちまで返すつもりはありません」
思いのほか明るい声だった。
「俺の肩を、ニコを落とす理由にしないでください」
「君が黙っていても、そこは譲らない」
廊下でまた名を呼ばれ、今度は何人かが教室を覗いた。昨日までニコの試験を知らなかった者まで混じっている。
「勝ったんだろ。剣で」
答える代わりに、ニコは腕の中の剣を少し持ち上げた。
「まだ返してない。証拠になるかと思って」
誰かが吹き出し、教室の外へ笑いが広がった。最後にはニコも笑っていた。
窓の下では、上の課程の学生たちが町の職人と交代し、橋の補修へ向かっている。
講義を告げる鐘が鳴れば机を離れ、次の鐘まで町の大人と働くのが、ヴァルテンの学院だった。
ニコが何度も悔しがったのは、現場へ出られないことではない。誰より早く危険を見つけても、銀線が足りないと「上の者を呼べ」で終わることだった。
◇
次の講義で、エーベル先生が卓上へ広げたのは、七段に連なるヴァルテンの町の図だった。いつもなら、上の課程にしか渡らない。
「東からの負傷者で、下の治療所も宿も埋まり始めている。町じゅうの鐘を鳴らす避難演習の前に、人の流れが止まる場所を見つけたい」
ルーカスの前の席は、今日も空いていた。座るはずの学生は、朝から治療所へ呼ばれている。
先生は図をニコの前まで滑らせた。
「本来なら上の課程の仕事だ。だが、君に見てもらいたい」
「昇級していません」
「今朝、嫌というほど聞いたよ」
困ったように笑い、ニコは借り物の剣で図の端を押さえた。町を上から下まで眺め、鉛筆を取る。
最初に鉛筆を置いたのは、いちばん下の道だった。
「まず、下の段を歩いて確かめさせてください。塔から合図が届いても、人が通れなければ避難にはなりません」
エーベル先生はすぐに頷いた。
ルーカスも図を覗き込んだ。一本の線にしか見えない道には、昨日まで手伝っていた治療所も、馬車が曲がりきれない坂もある。
鉛筆が道を上り、下段の塔を小さく囲んだ。
「もう一つ。鐘を鳴らした後、その段で間違いが見つかったら、誰が合図を止めるんですか」
返事の代わりに、窓の外で午後の鐘が一つ鳴った。




