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歴代領主の平均生存年数三年の追放先を聖都にしてみた  作者: Lemonade
奇跡と騎士と産業革命の始まり
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留守を守る者

 アッシュマークの空へ、黒い煙が上がっていた。


 西へ駆けるほど煙は太くなり、その下で白い光が何度も明滅する。テオヴァルドは一度も速度を緩めなかった。


 丘を越えたところで、オーレリアンはようやく町を見た。


 城壁は立っている。その内側には、黒煙の下でも町の屋根が幾重にも続いていた。


 戦場になっていたのは、壁の外へ広がった春の畑だった。


 だが、ローデンの本隊は門へ近づいていなかった。古い軍道まで押し戻され、二つに割れた陣形の間から、折れた旗が覗いている。


 その正面を、バスティオンたちが進んでいた。


 敵陣から、火と衝撃が一斉に放たれる。鎧の列は炎に呑まれ、畑の土が壁のように噴き上がった。それでも、煙の中で白い文様が前へ動き続ける。


 視界が戻った時、倒れた鎧は一つもなかった。


 先頭の一騎が、焼けた地面を踏み割る。突き出された槍を大肩甲で逸らし、柄をつかんで兵ごと盾列へ投げ返した。


 その隙間へ、後ろの鎧がなだれ込む。大剣の腹が盾を跳ね上げ、長柄の刃が槍だけを断つ。灯った籠手が二枚の盾を左右へ押し開くと、さらに奥の兵まで立っていられなかった。


 城壁の上で、ミラが掲げていた腕を振り下ろした。


 鎧の列の後ろで、操者たちのオルビスが灯る。長い腕に短砲を抱えたオートマタが並び、胸と関節へ淡い光を走らせた。鈍重な巨体が土を沈めて前へ出る。


 その一体の前へ二騎が肩を並べ、敵の火を受け止める。二騎の間に立つ一人が小さなオルビスを閉じると、爆風だけが空へ逸れた。その下から短砲が火を吐き、逃げる兵ではなく、次の攻撃に使われる盾と杭をまとめて吹き飛ばした。


 騎兵が横から突撃しても、歩みは止まらなかった。鎧の一団が進路を変え、馬より早く畦を越える。


 槍は肩を滑り、乗り手だけが鞍から草地へ落ちた。続く鎧が馬の前へ土を跳ね上げると、残った騎馬は門へ背を向けた。


 逃げる者を、誰も追わない。


「……勝ってる」


「はい」


 そこで初めて、二人の足が緩んだ。


 ローデンの陣では、すでに退却の角笛が鳴っていた。


 バスティオンたちは武器を捨てた兵の前で止まり、まだ戦おうとする者だけを土へ伏せていく。オートマタの砲も沈黙し、退路を焼こうとはしなかった。


 (俺たちがいなくても、守れた)


 胸の奥に張りついていたものが、ようやくほどけた。


 その時、退き始めた陣の中央に幾つものオルビスが続けて開いた。


 杖を持つ兵たちが、敗走する味方の背後から、それぞれの光を同じ場所へ向けている。狙いは迫る鎧ではない。その向こうに立つ城門だった。


 勝つためではない。退く前に、町へ傷だけを残すつもりだ。


 ほどけたはずのものが、今度は冷たく締まった。


 (負けた腹いせに、俺の町を焼く気か。なら、その陣ごと叩き潰す)


「テオ」


「はい」


 返事は低かった。


 銀のオルビスが、城壁を覆う大きさへ一気に開いた。


 別々に放たれた熱と衝撃は、門の手前でまとめてつかまれ、そのまま空へ叩き返された。白熱した光が春の雲を内側から裂き、遅れて響いた轟音が畑の煙をまとめて吹き払った。


 同じ瞬間、テオヴァルドが敵陣へ落ちた。着地より先に圧力が杖を持つ兵たちを台座からさらい、人の消えた中央へ踵が突き刺さる。


 台座は地面ごと沈み、衝撃が円を描いて走った。残った杖も指揮旗も、根元からまとめて折れていく。


 投げ出された兵たちが振り向いた先で、最後まで光を帯びていた杖が、テオヴァルドの掌の中で音を立てて砕けた。


 誰も死んではいなかった。杖は砕け、台座は土へ沈み、指揮旗ももう立っていなかった。


 バスティオンたちは歓声を上げなかった。ただ崩れた陣を囲み、落ちた武器を敵の手から遠ざけていく。


 やがて、降伏を告げる短い角笛が鳴った。


 捕虜の列に、見覚えのある折れた鼻があった。ギャロン・ホルト。


 城壁を見上げていた目が、周囲を固めるバスティオンたちへ落ちる。何かを言いかけた口は、音を作れないまま閉じた。


 オーレリアンは足を止めなかった。


 城門が開き、壁の内側で待っていた人々が、布と水を抱えて畑へ出てくる。向かった先には、味方だけでなく、倒れたローデンの兵もいた。


 オーレリアンはそこで初めて、オルビスを消した。


 間に合ったのではない。勝った町へ、二人が帰ってきただけだ。


 開いた門の前に、煤で頬を汚したミラが立っていた。それでも背筋は、いつものようにまっすぐ伸びている。


「お帰りなさいませ」


「ただいま」


 二人の間を、兜を上げたバスティオンたちが帰っていく。傷のついた鎧を互いに叩き、ようやく笑い声を漏らしていた。


「指揮官は捕らえました。命令書もこちらにあります」とミラが言った。「子爵へ抗議書を送りますか」


「いいえ、送るのは宣戦布告だ」


 小さな銀のオルビスが、ミラの抱えていた白紙を覆った。光が退くと、宣戦の文とヴェイル家の封が一息に刻まれていた。


 『ローデン子爵は、武力をもって我が領を侵し、敗れてなお、民の暮らす町へ火を放たんとした。これをもって、アッシュマーク男爵領はローデン子爵家に宣戦する』


 オーレリアンは折れた旗のそばまで歩いた。膝をつく指揮官が顔を上げた瞬間、宣戦状をその顔へ投げつける。


「拾え。次に膝をつくのは子爵だ。本人にそう言え」


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。


少しでも続きが気になりましたら、ブックマークして、また読みに来ていただけると嬉しいです。


それでは、また次のお話で。

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