子爵の返事
「道を空けろ。負傷者は脇へ降ろせ」
怒声の先で、ローデン子爵家の兵が街道を埋めていた。
西を向いた盾と槍の後ろに、騎馬と荷車が道幅いっぱいまで連なっている。ヴァルテンへ帰る輸送列は分かれ道へ追いやられ、治療役たちが幌から負傷者を引きずり出させまいと立ちはだかっていた。
橋から戻した馬車も、その列の最後で止められている。
オーレリアンの肩甲に気づき、指揮官が兜の面を上げた。
「ヴェイル男爵。ちょうどよい。従騎士とともに、抵抗せず拘束を受けられよ」
「出頭には応じた。ローデンを出ることも、子爵自身が認めたはずだ」
「その後、アッシュマークを街道保全のため一時管理下へ置く命が出た。貴公らも、ここで拘束する」
指揮官の従者が抱える地図には、今の城壁も広がった畑もなかった。着任した日の食料箱と、当時の小屋だけが古い軍道の脇へ記されている。
(法で縛れなければ、今度は兵か)
「二人は負傷者のそばにいて」
「助けてもらったばかりなのに、見ているだけにはできません」
ルーカスが前へ出た。開いた掌に、白いオルビスが浮かぶ。
オーレリアンは答えず、二人へ笑いかけ、わずかにうなずいた。
背後の幌から届いた咳に、ルーカスは一度だけ振り返った。それからニコと並び、馬車の前に立った。
二人に背を預け、オーレリアンは街道の中央へ進んだ。指揮官へ向き直った時には、幼い顔から笑みが消え、紫紺の目が冷たく男を見据えていた。
「ローデンに、我が領を占める権限はない。道を開け、兵を退けよ。今なら、子爵の短慮として処理する」
「武器も持たぬ子どもの言葉で、兵が退くと思うか」
指揮官が手を上げた。
「拘束しろ」
盾の後ろで、オルビスが一斉に開いた。
テオヴァルドの足元で青白いオルビスが閃き、あふれた光が全身を縁取った。
次の瞬間、立っていた場所が爆ぜた。
残光だけを街道へ残し、その姿が視界から消える。最初の破砕音が鳴った時には、先頭の盾が内側へ折れ、後ろの兵ごと宙へ浮いていた。
二つ目の音は、もう列の奥から響いた。振り抜いた腕が槍の穂先をまとめて砕き、そのまま兵を横へさらう。振り下ろされた剣は素手で止められ、握り込まれた刃が銀片となって弾けた。
砕けた盾と街道の石が馬車へ飛ぶ。ルーカスのオルビスが白い障壁へ変わり、負傷者の前で破片を受け止めた。
指揮官の視線は、まだテオヴァルドが消えた場所に取り残されていた。最初の音へ顔を向けた時には、そこには折れた盾しかない。次の残光を追った時には、前列そのものが地へ伏していた。
ようやく剣の柄へ手をかけ、少し離れた後列へ叫ぼうとする。その息を吸い終えるより早く、オーレリアンを中心に銀のオルビスが瞬いた。
横殴りの衝撃が後列を盾ごと持ち上げた。開きかけたオルビスは空中で消え、兵たちは道の外へ叩き出される。斜面が一線に裂け、土と石が高く噴き上がった。
指揮官の命令は、爆音に呑まれた。半ばまで抜いた剣も、テオヴァルドが眼前へ現れた時には、もう何の役にも立たなかった。
胸甲をつかんだまま、テオヴァルドは男を鞍から引きずり下ろした。背中が街道へ落ちた時には、剣は踵の下にあり、空いた手が喉へ触れる寸前で止まっていた。
「終わりです」
街道を埋めていた兵は、もう一人も立っていなかった。
戦いが終わっても、ルーカスは障壁を残したままだった。その後ろでは、馬車も負傷者も傷ついていない。
「助けに入るつもりでした。でも、俺のところまで来たのは破片だけで……」
「僕も、動き出したところまでしか見えなかった」
オーレリアンは、傷一つない馬車を振り返った。
「二人が後ろにいてくれたから、前だけ見ていられた。ありがとう」
白い障壁が、ようやく馬車の前から消えた。
倒れた兵列を見渡し、オーレリアンは指揮官へ戻った。道を塞ぐには足りても、町を占領するには少なすぎる。
「この人数で、アッシュマークを占めるつもりだったのか」
指揮官は答えない。
「答えぬなら、別の隊がいると受け取る。どの道だ」
喉へ触れる寸前の手を見て、男はようやく答えた。
「……本隊は、召しを出す前から古い軍道の手前にいた。今頃は、もうアッシュマークだ」
オーレリアンは指揮官の命令書を拾った。押収対象だけは最近の荷札から写されているのに、添えられた地図は古い。
(呼び出しは、俺たちを町から離すためか。最初から、そっちが本命だった)
「テオ、戻るよ」
「はい」
テオヴァルドの視線は、もう帰路へ向いていた。
「負傷者は、俺たちがヴァルテンへ連れて帰ります」
ルーカスの声が、二人の背中を追った。
「お願い。ここは護衛に任せて、二人は患者を連れて帰って」
「間に合いますか」とニコが尋ねた。
「間に合わせる」
テオヴァルドが先に地を蹴った。砕けた街道の砂埃が、その背を追って一直線に舞い上がる。
一拍遅れて銀の残光が走り、二人の姿は西へ折れる道の向こうへ消えた。
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それでは、また次のお話で。




