来客
「地下の封板から、三度です」
洞の見張りが息を切らして知らせに来た。
オーレリアンとテオヴァルドが地下へ着いた時、封板の前は静かだった。催促の音はない。向こうは、約束どおり返事を待っている。
同じ間で三度、テオヴァルドが打ち返した。
「ヴェイル卿。エレン・アルヴァントです」
声を確かめてから、オーレリアンが封板へ掌を置く。中央へ細い白線が走り、人一人が通れる隙間が開いた。
「ご無沙汰しております。評議会の回答を持参しました」
エレンだけがこちらへくぐった。その奥、灯りの届かないところに、もう一つ人影がある。
「評議会は、交易も、領地としての承認も、恒久の通行も、同盟も認めませんでした」
「そうか。せめて交易の話くらいはできると思ってた。残念だな」
「それなら、残念がるのは少し早いですよ」
闇の中から男の声がした。
煤色の長外套を頭までかぶった人影が、そこで初めて隙間をくぐる。印も飾りもない布に顔まで隠し、胸へ地図筒を抱えていた。
封板が閉じると、男は頭巾を外した。二十代の終わりほど。片方の目は淡い灰色で、もう片方の濃い虹彩には、白い輪が二重に浮かんでいる。
さらに留め金を解いた。
煤色の外套が翻り、深い藍の裏地いっぱいに銀糸の水路がひらく。流れは山地織りの縁で幾重にも交わり、狭い岩間へ一都市ぶんの光を持ち込んだ。
「顔を隠すには、ずいぶん派手だね」
「外から見える方は地味でしょう。見張りには、表しか見せていません」
エレンが男を示した。
「マティアス・レン。湾岸諸都市の代表評議員です」
「初めまして。評議会が認めたのは、エレン隊長の訪問までです。待っているだけでは何も始まらないので、今日は私が勝手についてきました」
「通したのは私です」とエレンが言った。
「見つかったら?」
「その頃には、閉じる方が惜しい道にしておきます」
エレンは何か言いかけて、やめた。オーレリアンが笑うと、マティアスも笑った。
◇
地上へ出ると、新しい屋根の向こうを灰銀の巨体が駆け抜けた。材木を抱えたオートマタが道を譲り、人々はもう振り向きもしない。
「あれもオートマタですか」
「違う。中に人がいる」
鎧が石の障害を越える。着地の音が遅れて窓を震わせた。
マティアスは目を丸くし、それから楽しそうに笑った。
「困りました。使者を通すだけで満足するつもりだったのに、アステリア全部を直したくなった」
「全部を?」
「去年、湾の向こうで橋が流されました。石も職人も隣町にいたのに、誰の金で、誰の命令で動くかを決めるだけで三日です。その間、島の人間は船も食料も待たされた」
マティアスは、走り去った鎧の背を見送った。
「町が違っても、橋が落ちた時には一番近い者が動けるようにしたい。修理の費用も、助けを待つ人の前で決め始めるんじゃなく、先に分けておく。次は三日も待たせません」
「一つの橋から、国中を変える気?」
「一つで成功すれば、残りの町は自分たちが最初に考えたと言い始めます。それで十分です」
「ずいぶん大きく出るね」
「小さく言えば、反対する側も安心してしまいますから」
思わず吹き出した。
「そういう無茶は嫌いじゃない」
「では、ここも最初の一つに数えます」
「評議会が交易を断ったばかりだよ」
「だから先に、ここを知りたがる人を増やすんです。本を扱う町、薬を作る町、種を持つ町。次に来る使者は、私とは違う話を持ってきます」
交易を認めろと迫るのではない。山の向こうに何があるのか、七つの町へ別々に知りたがらせる。
行儀は悪い。だが、閉じた評議会を動かすには、よく考えられたやり方だった。
◇
日が傾くと、エレンが青い包みを取り出した。
「そうだ。約束した本です」
青い布から厚い本が現れ、テオヴァルドの目が大きくなった。
「昔話の本……ですか」
「私が選びました」とマティアスが言った。「七つの町が、全部これを自分たちの話だと言い張っています。読み終えたら、いちばん好きだった町を手紙に書いてください」
軍の命令書よりも慎重な手つきで、テオヴァルドが本を受け取った。
「ありがとうございます。大切に読みます」
帰り際、マティアスは煤色の頭巾をかぶり直した。大きく手を振ると、深い藍の裏地で銀の水路が揺れた。
「次は、私よりここへ来たがる者を連れてきます」
「もう見つけたの?」
「帰るまでに」
テオヴァルドは本を胸へ抱え、空いた手を振り返した。オーレリアンも片手を上げる。
「楽しみにしてる」
封板が閉じる直前まで、マティアスは笑っていた。




