魂の傷と、二つ目の身体
その目が、テオヴァルドの胸元へ落ちた。
服の下には、今も白銀の傷がある。
「理屈の上では、不可能じゃない。でも、兵を増やす方法にはしないよ」
「なぜですか」とミラが尋ねた。
「テオは、一度本当に死んだからだ」
テオヴァルドの指が、胸へ触れる。
「死をなかったことにしたわけじゃない。魂が離れきる前に、同じ身体へ帰る道を作った。同じことをするなら、まずその人を死なせなきゃいけない」
「眠らせるだけでは?」
「道が生まれない。それに、同じ死は二つとない。傷も、魂の離れ方も、身体に残る時間も違う」
あの時に完成させたフォルマは、テオヴァルドにしか使えない。次の死には、次の答えを最初から探すことになる。
「思考をどれだけ重ねても、間に合う保証はない。失敗すれば、その人は戻らない」
胸に触れていた指が止まり、テオヴァルドの顔が上がった。
「僕の時は、何を使ったのですか」
「私自身だよ」
オーレリアンは自分の胸へ手を置いた。
「私は一度死んで、別の身体へ生まれ直してる。魂と今の身体が、最初から完全には同じ速さで進んでいない。死を越えても同じ人間が続いた、そのずれだけが見本にできた」
黒碑が死を次の瞬間へ進ませなかったわずかな間に、そのずれをテオヴァルドへ写した。
「だから、私と同じ傷があなたにも残った」
部屋の中で、町の水が管を流れる音だけが続いた。
「テオ。ごめん」
少年の指が止まる。
「助けることしか考えられなくて、何も選ばせなかった。あなたを戻すために、私と同じ壊れ方まで渡した」
「戻していただかなければ、僕は死んでいました」
「人は死ねば、魂を次の生へ送り出す。まれに、前の生の記憶を持って生まれた者の記録もある。でも私は、あなたをその輪から引き戻して、同じ身体へ縫い留めた」
黒碑がずれを正そうとするほど、魂だけが先へ進み、身体は最後に保てた一瞬へ近づいていく。
「深くなれば、身体は止まる。魂も離れられないまま、思考だけが進み続ける。最後には、死ぬことさえできないかもしれない」
その言葉だけは、テオヴァルドから目を逸らさずに言った。
「それでも、生きたいと言ったあなたに、どんな生になるかも知らせず決めた。ほかに道がなかったことと、私が選んだことは別だよ」
「いつか、僕はそうなりますか」
「分からない。ずれの深い私が、たぶん先に止まる。ただ、その前なら道を開いて、魂を本来の輪へ返せると思う」
膝の上で、ミラの両手がほどけた。
「もし、私にも同じ時が来たなら、私は死ぬ方を選びます」
「ミラには、まだ何も尋ねてないよ」
「必要になれば、オーレリアン様は私だけ数えないふりをなさいますから」
否定できなかった。
「長く残ることが嫌なのではありません。私は、私の終わりまで生きたいです」
胸から手を下ろし、テオヴァルドが言った。
「僕は残ります」
「今、決めなくていい」
「最初は選べませんでした。でも今は選べます。長く生きたいのではなく、あなたと同じ時間を生きたい。眠るなら迎えに行きます。起きているなら、隣にいます」
「同じ目に遭う相手が増えて安心するほど、私は性格が悪くないよ」
「知っています。ですから、安心させるための答えではありません」
長く息を吐いた。
「答えは何度変えてもいい。私も、そうならずに済む方法を探す」
◇
「兵には、別の方法を使う」
オーレリアンは立ち上がり、工房へ続く扉を開いた。
奥には、人の背丈を越える灰銀の全身鎧が立っていた。厚い胸甲は左右へ開き、中には人一人が収まる空間がある。
「普通の人が、あれを動かす式を一から覚えるには時間がかかる。覚えても、大きなフォルマを崩さず、走りながら組み替え続ける力が足りない。だから、計算と修正を肩代わりする人工の器官を、身体へ埋める」
「魂ではなく?」
「身体だけだ。着る人が小さなオルビスを閉じれば、器官がその先の式を組み、鎧が動いている間も崩れないよう直し続ける。鎧を脱いでも器官は残るけど、それだけで身体が強くなるわけじゃない」
開いた鎧を、テオヴァルドが見上げた。
「僕の鎧を動かした時と、似ています」
「仕組みは似てる。でもテオは、ずれた魂の速さで計算を重ねて、大きな式を自分で閉じられる。普通の人に同じことを求めないための器官だ」
鎧の前の長卓には、人の背骨を一節だけ囲む大きさの環が置かれていた。
「魂には触れない。誰も死なせない。……でも、優しい言葉だけで正しいことになるわけじゃない」
卓上の環から、テオヴァルドとミラへ視線を戻した。
「まだ誰にも試していないものを、元には戻せない形で身体へ埋める。罪じゃないとは、私にも言えない。……神が本当にいるなら、今だけは許してくれと祈りたい」




