道の先まで守るために
東門をくぐるなり、ハンナは受領書を求めた。
「ブレーゲンまで戻れば、往復で半年になる。危険は承知の上で来てる。私はあんたに賭けたんだ、オーレリアン。勝たせてもらうよ」
「勝つためにも、その額を先に診せてください」
腕を取られ、ハンナがミラを振り返る。
御者たちはもう町の者と一緒に、濡れた荷へ雨除けを掛けていた。担架も病室へ運ばれ、馬の傷には水がかけられている。
彼女は開きかけた口を閉じた。
「荷も車輪も逃げないよ。三日はいてもらう。その間に帰りの荷も用意する」
「……分かった。先に縫ってもらう」
最後の担架を運んだオートマタが、遅れて門をくぐった。胸の光は、人の集まる通りへ入るにつれて少しずつ戻っていく。
◇
治療を終えて戻ったハンナの額には、新しい布が巻かれていた。
「買い手は決まりました。ブレーゲン近郊の軍需工房です。地方長官が兵器庫と兵舎を広げ、守備兵まで集めている。白い品は、そのまま引き取らせます」
折り畳んだ注文書を卓へ置く。
「帝都と東部で命令が食い違っているという噂も、少しは信じた方がよさそうです」
「争いが、ここまで来ると思う?」
「今すぐではありません。歴代領主が三年も生きない、ただの追放先ですから」
ハンナは窓の外の白い壁を見た。
「でも、それは誰にも中を見せない間だけです。物が通れば、道は知られる。売れる物が増えれば、捨てた土地の値打ちを思い出す者も出ます」
「覚えておくよ」
「半年を賭けた側からの忠告です」
そこで話を切ると、ハンナは今度こそ温かい食事を求めた。
◇
客が休んだ食堂に残ったのは、オーレリアンとミラ、テオヴァルドだけだった。
「三日後の帰りは、危険な区間だけテオに頼みたい」
「はい」
「私の大事な騎士を、荷車が来るたびにお使いへ出すわけにもいかないから、その間に次を考える」
「僕は、お使いでも構いません」
「私が構うよ」
ミラが小さく笑った。
「オートマタを、兵の代わりにはできないのですか」
「力を貸させることはできる。でも、代わりにはならない」
オーレリアンは、窓の外で光を取り戻している機体を見た。
「重いものを運ばせる。決めた場所を守らせる。人が狙いを定めれば、遠くへ力を投げることもできる。でも、誰を助けるか、どこまで追うかは選べない。それに、町から離れるほど鈍くなる」
「街道では、戦いが終わってから着きました」とテオヴァルドが言った。
「うん。アニマイトは、永遠に動く石じゃない。人が生きて、見て、同じものを同じ名前で呼ぶ場所では、周りの流れとつながっていられる。離れれば、蓄えた分から先に失う」
町へ戻って光を取り戻した胸へ、ミラの視線が向いた。
「人の命を削っているのですか」
「違う。誰か一人から取るものでも、魂の値打ちを測るものでもない。身体と魂がこの世界に留まろうとする働きが、周りへ残した揺れを借りてるだけだよ」
椅子へ背を預け、オーレリアンは続けた。
「だから、人が増えれば機械も増やせる。でも、本当に増やしたいのは数だけじゃない。読める人、考えられる人、自分で止められる人だ」
「町の仕事を、機械へ渡していくのですね」
「単純な仕事はね。その分、人は学べる。教えられる。次の仕組みを作れる」
そこで言葉を切った。
(この先まで話すと、また長い)
「でも、その話は町を守ってからにしよう。明日ここがなくなれば、学校も工房も何も始まらない」
テオヴァルドが東門の方を見た。
「門の外へ出られる兵が必要なのですね」
「うん。町から離れても動けて、誰を連れて帰るか自分で決められる人が要る」
しばらく考えた末、ミラの目が隣の少年へ向いた。
「では、テオヴァルド様と同じ兵を増やすことは、できないのですか」
すぐには答えなかった。




