朝にはなかった窓
「まず、町を歩こう」
朝食が終わると、オーレリアンはマルタとヨナスを外へ誘った。
「お話を聞かれるものと思っていました」
「歩きながら聞くよ。ここで暮らすなら、先に見てほしい」
ミラとテオヴァルドも加わり、五人でオルカペルを出た。
正面の階段では、人より頭二つほど高い白い人型が、畳んだ布を両腕に抱えていた。
三つの青い光が二人へ向くと、マルタの足が止まり、ヨナスは彼女をかばうように半歩前へ出た。
「あ、あれは……」
「オートマタ。建物を造ったり、荷を運んだりする。人を襲うようには作ってないよ」
白い巨体が一歩進むと、二人は揃って身を引いた。
「中に、誰かいるのですか」
「入ってない。今も、誰も操ってない」
「では、魂を?」
「入れてないよ」
石段に引かれた黒い線を、オーレリアンが指した。
オートマタはその手前で止まり、ミラへ布を差し出す。
「任せた仕事の中で、覚えた結果を選ぶだけだ。分からなければ止まる。何のために働くかを、自分で決めることはできない」
「礼拝堂へ入れてほしくない方もいますから、ここから先へは進ませません」とミラが言った。
線のそばでは、ハルドが三枚の札を並べていた。
「止まる、戻る、開く。文字が読めなくても、同じ札で動かせるようにします」
布を抱えたまま待つ巨体を、マルタは見上げた。
「怖いと言っても、よいのでしょうか」
「もちろん。そのために、誰でも止められるようにする」
ようやく彼女が道を譲ると、オートマタはゆっくり石段を下りていった。
◇
礼拝堂の裏には、古い壁に沿って細長い空地が残っていた。
「病人を寝かせる部屋が足りません。子どもに読み書きを教える場所も、食堂の隅を借りています」
ミラの言葉に、オーレリアンは空地を見渡した。
「ここへ病室と教室を造ろう。間に小さな食堂を置いて、礼拝堂とは屋根のある通路だけつなぐ」
マルタが一歩、草の中へ入った。
「祭壇に立つつもりはありません。病人の世話と、家族を亡くした方のお話なら、私にもできます」
「私は読み書きと記録を」とヨナスが続ける。
「オルカペルは、これまでどおり私が預かります」
ミラは二人を見た。
「そのうえで、お力を貸してください」
空地を出ると、白い覆いの下を澄んだ水が家々へ流れていた。マルタは流れへ顔を近づける。
「これなら、病室まで水を運ぶ人が要りませんね」
「この水で、湯を使える部屋も造るよ」
「お風呂ですか」
テオヴァルドの声が明るくなった。
「毎日入りたい?」
少年は耳を赤くしながらも、素直にうなずいた。
家並みの外では、畑が壁際まで広がっていた。低いオートマタが畝をまたぎ、作物を避けながら水門を開いている。
根元には、同じ形の黒灰色の石が並べられていた。どれにも、まだ光はない。
「これは?」とヨナスが尋ねた。
「アニマイトになる前の石。人が働く場所から散る魔力へ、少しずつ触れさせてる」
「育てるのですか」
「時間はかかるけどね。誰かから奪うんじゃない。放っておけば消える分を集める」
石へ伸びかけたマルタの手が止まった。
「聖堂の地下で見つかるものと、同じ石に?」
「育てばね。でも、墓や病室の下には置かない」
今はまだ、朝日に温められた普通の石にしか見えなかった。
畑の先の工房から、長い腕の機体が白い部材を運び出している。
「町にいるものは、すべてここで作ったのですか」
「身体はね。胸の仕組みは私が管理してる。暮らすための決まりは隠さないけど、作り方まで開くつもりはない」
病室で使う機体の止まる条件は、マルタとミラに決めてほしいと伝えると、マルタは困った顔をした。
「私が、機械のことを決めるのですか」
「病人のことを決めるんだ。機械には、その境を守らせる」
◇
東門へ上がると、昨日の車輪跡が街道の先へ延びていた。
「次の荷車が来る前に、門の内側へ屋根のある荷受け場を造る。商人は町へ入れる。でも、工房までは近づけない」
「数日で間に合いますか」とヨナスが尋ねた。
「屋根と床なら、明日には」
ヨナスは町と街道を見比べ、それなら帳簿の形を今日中に考えると言った。
眼下の家々を見渡し、マルタが尋ねた。
「城壁の中だけで終わるおつもりはないのですね」
「閉じこもるために道をつないだわけじゃない。まずは門の外まで、町の仕事を安全に届かせる」
二人へ向き直り、オーレリアンは言った。
「聖務へ戻す話はしない。二人を訴える者が来れば、ここで話を聞く。何も聞かずに渡す気もない。それでよければ、残ってほしい」
「残ります」とマルタが答えた。
ヨナスも、隣でうなずいた。
◇
昼前、礼拝堂の裏へミラが線を引いた。
その外側で白い柱が立ち上がり、オートマタの長い腕が黒灰色の継手を閉じていく。古い壁には触れず、明るい窓の輪郭だけが並んだ。
夕食の頃には、屋根まで閉じていた。
「朝には、草しかなかったのに」
新しい窓を見上げるマルタのそばを、テオヴァルドが椅子を抱えて食堂へ入っていく。
新しい窓の下で、五人分の湯気が上がる。
「ここでは、食事の前に何か決まりがありますか」
マルタに尋ねられ、ミラはパンの籠を彼女の方へ押した。
「冷めないうちに食べることくらいです」
小さく笑って、マルタはパンを取った。
「では、いただきます」




