ただいま戻りました
本話のシーンとアッシュマークのイラストは
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重い門が内側へ開き始めた。
荷車が通れるほど開くのを待てず、ブラッカは脇の階段を駆け下りてきた。オーレリアンとテオヴァルドを頭から足まで確かめ、深く息を吐く。
「半年も音沙汰がなく、ずいぶん心配しました。お二人とも、ご無事でよかった」
「ごめん。手紙を預けられる相手が、道にいなかったんだ」
ブラッカが道を空けると、門の向こうから小さな人影が走ってきた。
ミラは二人の前まで来て、急に歩調を落とした。オーレリアンの顔を見て、次にテオヴァルドの胸元へ目を移し、ようやく息を吐いて頭を下げる。
「お帰りなさいませ、オーレリアン様。テオヴァルド様も」
「ただいま、ミラ」
もう一度頭を下げたミラが顔を上げるまでには、少し時間がかかった。
首から下げていた小さな袋を開き、預けられていた印を両手で差し出す。
「外壁ができました。家も、水場も、もう使っています。オルカペルも直りました。畑にまいた種は、芽を出しています」
「受け取った。よく、ここまで作ってくれたね」
オーレリアンが印を受け取っても、門の内側に集まった人々は黙っていた。笑っている者も、泣いている者もいるのに、誰も最初の声を出せない。
子どもが二人、テオヴァルドを見つけた。
名を呼びながら駆け寄り、少年の袖をつかむ。テオヴァルドが驚いた顔をして、それからようやく笑った。
それを合図に、あちこちから二人の名が上がった。声はすぐに歓声へ変わる。
その時、荷車の幌が風にめくれた。
積まれた穀物の袋と、塩の樽がのぞく。
「麦だ!」
子どもの声に、皆の顔が一斉に荷車へ向いた。ミラも目を見開いている。
「本当に、買えたのですね」
「買えた。まずは一便だ。次の荷も、もうこちらへ向かってる」
今度の歓声には、安堵の泣き声が混じった。
「間に合ってよかった。私からも礼を言う。よく、ここまで持ちこたえてくれた」
頭を下げたオーレリアンを前に、歓声はしばらく収まらなかった。
マルタとヨナスは、荷車のそばで立ち尽くしていた。
「こちらの二人は、ブレーゲンから来た。しばらく領内で保護する」
ミラは二人の灰衣と、聖職印を失った跡を見た。
「今夜のお部屋は用意します。詳しいお話は、明日でもよろしいですか」
「助かるよ」
荷車が共同倉へ回され、人々が穀物と塩を運び始める。ミラはそれを見届けてから、四人を町の中央へ案内した。
出発した時にはなかった道が、白い壁の間をまっすぐ延びていた。低い家々の戸口には薪と濡れた靴が並び、共同の竈から肉を燻す煙が上がっている。広場では子どもたちが木の輪を追いかけていた。
「本当に、町になったんですね」と、テオヴァルドが呟いた。
「皆で相談して、最初の計画から少し変えました」
そう言って、ミラは少しだけ胸を張った。
飲み水を汲む場所と洗い場は離され、汚れた水は別の溝へ流れている。壁際には冬越しの薪が積まれ、風の通る場所には洗った布が揺れていた。
通りの角で、ミラが白い石の小屋の戸を開ける。
「それから、どうしても欲しいとおっしゃっていたものも」
中は乾き、嫌な匂いもしない。使い終えれば水が流れ、汚れは床下から外壁の先へ運ばれる。
「おおおお……これがずっと欲しかった」
身を乗り出したオーレリアンを、全員が黙って見た。
「大事なんだよ。とても」
そこで、最後に便所へ入った日を思い出そうとして、止まる。
(黒碑に触れてから、俺は一度も便所へ行ってない。身体が止まったままなら当然か。……待て。これ、俺だけ使えないのか?)
ミラは首をかしげたが、何も聞かなかった。
北側へ回ると、新しい外壁が大きく弧を描いていた。その内側に、古い墓標が並んでいる。
「真っすぐ通せば、墓の半分が外へ出ました」
ミラが言った。
「イルマさんに、死んだ人まで追い出すのかと言われて。それで、ここだけ曲げたんです」
「うん。曲げてよかった」
新しい石に囲まれても、墓標の間だけは以前と同じ草が残されていた。
マルタが胸元で手を組む。ヨナスは墓の数を静かに数え終えると、墓を抱いて曲がる白い壁を、長いあいだ見上げていた。
坂の上には修復されたオルカペルの尖塔と、飾りのない二階建ての家があった。
「あれが、領主館です」
「館というほど大きくないね」
「オーレリアン様のお部屋より、会議に使う部屋を広くしました」
「正しい判断だと思う」
その日初めて、ミラが笑った。
新しい木の匂いがする家へ入り、ミラは一階の奥の扉を開けた。
「テオヴァルド様のお部屋です」
小さな寝台と机。壁には一段だけの棚がある。
敷居へ手をかけたまま、テオヴァルドはしばらく入ろうとしなかった。
やがて一歩を踏み入れ、青い本を棚の真ん中へ置く。
「神父様に、家まで持って帰れと言われました」
オーレリアンは扉の外でうなずいた。
テオヴァルドは本の背を指で整えた。離れかけた手を戻し、確かめるようにもう一度触れる。
窓の外では、夕食を知らせる鐘が鳴り始めていた。
「ただいま戻りました」
誰に向けた言葉かは尋ねなかった。
オーレリアンは先に行かず、テオヴァルドが部屋を出るまで、扉のそばで待っていた。




