↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歴代領主の平均生存年数三年の追放先を聖都にしてみた  作者: Lemonade
奇跡と騎士と産業革命の始まり
21/108

帰る者は、四人になった

 ブレーゲンの北門を出て半日、町の家並みが見えなくなった頃、灰衣の女がようやく口を開いた。


「まだ名乗っていませんでした。マルタ・ヘスです」


 隣に座る若い男も背を起こした。


「ヨナス・フェルです」


「こちらはテオヴァルデリオン・ヴェイル」


 フードの奥で一度頭を下げたきり、テオヴァルドは黙っていた。


 二人は、初めからセヴェリンを頼ってブレーゲンへ来たわけではない。追い返さなかった修道院で、次に門を開けてくれそうな施療所を教わり、それを繰り返した末に北慈善院へ着いた。誰も道の全体を知らず、ただ次の一軒だけを知っていた。


 その日の夕方、小さな村の礼拝堂から、祈りの声が街道まで流れてきた。マルタが顔を上げ、四人は開いた扉の外で荷車を止めた。


 祭壇の司祭が祈りの名簿を読み終え、閉じかけた。その時、後ろの席の老女が、その村を追われた前任司祭の名を唱えた。


 司祭の手が止まった。すぐに別の声が同じ名を繰り返し、また一人、また一人と続いた。最後には、礼拝堂のほぼ全員がその名を唱えていた。司祭は誰も止めず、閉じかけた名簿をもう一度開いた。


 村を出てから、テオヴァルドが尋ねた。


「あの方は、まだこの村の司祭なのですか」


「聖務官房は違うと言っています。けれど、上級の教会法廷は処分を取り消しました。あの方は、ブレーゲンで異議書に名を連ねた十人の一人です」


 礼拝堂が木立の向こうへ消えてから、オーレリアンが尋ねた。


「最初から聞かせてくれる?」


「去年、聖務官房から教令が届きました。官房が誤りと決めた教えを、各地の司教が調べ直してはならない。すべての司祭は、その文面を礼拝で読むように、と。私たち十人も読みました。ただ、読み上げたことは、正しいと認めたことではない。そう書き添えて、教会会議へ判断を求めました」


 ヨナスが、マルタのあとを継いだ。


「私は学院で書記をしていたので、その文書を清書して、証人の前で封をし、大聖堂の法廷へ届けました」


 マルタは膝の上で指を組み直した。


「司教は、私と先ほどの司祭が皆を煽ったとして、聖務を止めました。上の法廷は処分を取り消した。でも、その翌朝には、聖務官房から私とヨナスを引き渡せと召喚状が届いたんです」


「二人とも、裁かれることを拒んだわけではないんだね」


「はい。聖務官房も教会の一部です。でも、官房への異議を官房だけで裁くことは、受け入れられませんでした。上の法廷へもう一度訴える前に審問官が来て、私たちは町を出ました」


 同じ教会の二つの裁きが、一人を司祭へ戻し、同時に追っていた。


 マルタは、遠ざかる礼拝堂を振り返った。


「私たちは教会を出たつもりはありません。向こうも、まだ私たちを異端とは呼ばない。それでも、祈りへ誰の名を残すかで、同じ礼拝堂に立てなくなり始めています」


      ◇


 その後の街道でも、二人の灰衣を見て門を閉ざす礼拝堂があり、日が落ちてから裏門を開ける礼拝堂があった。神像も祈りも同じだった。扉に聖務官房の教令だけを貼る村もあれば、その隣に異議書の写しを並べる村もあった。


 ある夜、皆が眠ったあとも、テオヴァルドだけが焚き火のそばに残っていた。


「市警でも、教会でも、あの夜のことを問われたら答えます」


「うん。その時は、私も隣にいる」


 その夜は、それ以上話さなかった。


 三か月目の夕方、見慣れた灰色の山並みが北に現れた。


 けれど、その手前にある景色は、二人の記憶とは違っていた。


 低い丘を抱くように白い壁が伸び、その内側から幾筋もの煙が上がっている。夕日に照らされた畑には人影が動き、遠くで子どもの声まで聞こえた。


「あれが、アシェンマークですか」


「一応、たぶん、そうです」


 マルタは荷台から身を乗り出し、白い壁の内側に続く屋根を目で追った。


「もっと小さな村だと思っていました。崩れかけた家が、いくつか残っているくらいの」


「私もそう思います」


 二人の声が重なった。


「え!?」


 白い壁の上から、よく通る声が飛んできた。


「オーレリアン様、おかえりなさい!」


 こちらに気づいた見張りが、大きく手を振っていた。


 荷台から、オーレリアンも片手を上げた。


「ただいま」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。