その食料は誰のものか
「三箱のうち、二つはこっちへ」
オーレリアンの目の前で、食料の行き先が決められた。
廃教会の軒下から出てきた男は、灰色の髭に雨を受けるのも嫌がるように、外套の襟を立てた。片目の下に傷がある。後ろの男たちが、木箱へ歩き出した。
「待て。誰の許しを得た」
「おや、挨拶が先でしたな。ギャロン・ホルト。ここで皆の面倒を見ている者です」
男は廃教会を示した。オルカペル。任地の記録にはそうあった。欠けた神像の足元まで穀物の袋が積まれ、戸口には剣を持つ男がいる。
「俺の倉を通さなけりゃ、必要なところへ届かん。残り一箱は好きに使いなさい。領主様にも付き合いがあるだろう」
軒下にいた女が子どもの肩を引き寄せた。誰も箱へ手を伸ばさず、誰もギャロンには逆らわない。
(着いたばかりの子どもに、全部預けるよりはましか)
屋根も倉も、この男が持っている。爵位を読み上げただけで人が従うなら、過去の領主たちも三年で死んではいない。
「預かった食料は、どう配る」
「働ける者からだ。狩りに出る奴が食わなきゃ、明日の肉もなくなる。帝都じゃ違うか?」
空の椀を持つ子どもがいた。ギャロンの部下は、その頭越しに箱を指している。
オーレリアンが口を開く前に、護衛兵が木箱の縄を引いた。
「こっちの取り分が先だ。ここまで運んだんだぞ」
「道中で十分食ったろうが」
箱が泥の上を滑った。護衛隊長は馬に乗ったまま、止めようとしない。
杖先に小さなオルビスが灯った。光が兵の肩を打ち、膝が泥へ落ちる。縄を放した手が剣へ伸びた。
「抜くな」
兵は柄に触れたまま動けなくなった。オーレリアンが儀場で受けた一撃に比べれば、軽いフォルマだった。それでも、鎧ごと一人を伏せさせるには足りた。
「隊長。配下の躾まで私にさせるな」
「……失礼いたしました、閣下」
隊長が馬を下り、兵を荷から引き離した。オーレリアンは追わず、木箱の前に立った。
「ずいぶん御立派な領主様だ」
ギャロンが笑った。今度は周りの男たちも笑う。
「その杖で、腹がふくれるか」
「その腹を見れば、配り方はよく分かる。次は、あの子の椀を見てから言え」
笑いが途切れた。
空の椀を抱えた子は、母親の後ろへ隠れていた。
「この荷は私が預かる。そちらの倉を差し出せとは言っておらぬ」
「人を使うには食わせなきゃならん。きれいに分けて、誰が狩りへ出る? 誰が夜に立つ? 死んだ領主様は、みんな先に気前のいいことを言ったよ」
「狩りと見張りには相応に返す。だが、働けぬ者の分までおまえの許しを待つ理由はない」
「許し?」
「私が治める土地だ。配給から外すなら、その理由は私が聞く」
ギャロンの背後で、短剣が鞘から浮いた。
もう一人の指先には赤いオルビスが開く。火のフォルマだった。濡れた薪より先に、木箱の布へ燃え移る距離にいる。
(ここで撃ち合ったら、勝った方が飢える)
黒塗りの杖を立てた。
銀環に小さなオルビスが生まれる。道中で何度も削った、ほんの短いフォルマ。文字が乱れ出すより先に、光が一周した。
雨が杖先を避けて落ちた。
「兵の真似をしたければ、させておけ」
杖を向けたまま、ギャロンを見る。男は口元の笑いを消し、部下へ片手を上げた。
短剣が戻り、赤い光が消える。
オーレリアンは杖を下ろさなかった。人々が食料へ近づこうとしても、まだギャロンの顔を窺っている。
その静けさの中で、鐘柱につながれた犬が鳴くのをやめた。
湿地を見ていた男が、駆け戻ってくる。鐘が鳴った。
「アッシュフェンだ! こっちへ来る!」
葦原に煤色の背が浮かび、別の場所でも水が割れた。人々が廃教会へ押し寄せる。
ギャロンは木箱を見捨て、戸口へ走った。




