神父の死
「セヴェリン・ローデ。聖務官房の教令へ異議を申し立て、召喚を拒んだ二名を院内に匿っているな。身柄を引き渡せ」
黒い外套の男が、聖務官房の印を押した文書を掲げていた。四人の胸元には異端審問官の銀印があり、残る三人は礼拝堂の石段と通りを塞いでいた。
「行く先のない病人として受け入れた。引き渡さない」
セヴェリンは病室の扉を背にした。向こうで、誰かが咳を飲み込んだ。
「拒む権限はない」
審問官の一人が扉へ手をかけた。セヴェリンがその腕をつかみ、敷居から引き戻すと、審問官は片手をセヴェリンの胸へ向けた。
「退け」
「ここは病室だ」
掌の前で白いオルビスが閉じた。
白いフォルマが爆ぜ、セヴェリンの胸を打ち抜いた。その身体が扉へ叩きつけられ、木板と石枠が一緒に砕けた。爆音は狭い通りを抜け、川まで響いた。
◇
爆音が川面を渡った時、テオヴァルドはすでに走り出していた。
オーレリアンが慈善院へ駆け戻ると、テオヴァルドは砕けた扉の前でセヴェリンを抱き起こしていた。フードからこぼれた長い髪が、青ざめた頬へ貼りついていた。
老司祭の目が、テオヴァルドの外套から覗く青い本へ動いた。
「テオヴァルド……その本を、今度は家まで持って帰りなさい」
「はい。必ず」
返事を聞くと、セヴェリンの指から力が抜けた。
二人の隣へオーレリアンが膝をつくと、テオヴァルドはセヴェリンを石床へ横たえた。
「貴様、何者だ! 答えろ!」
答えはない。テオヴァルドが立ち上がった。
幾重ものオルビスがセヴェリンの身体を包んだ。裂けた胸が閉じ、流れ出た血が傷口へ吸い戻されていく。止まった心臓へ、白い光が外から脈を刻ませた。
(まだ間に合う。今なら、つなぎ直せる――)
「下がってください」
背後で、テオヴァルドの静かな声がした。
セヴェリンを撃った審問官の前に、白いオルビスが開いた。閉じ切るより早くその腕が折れ、身体は宙へ浮いて礼拝堂の柱へ叩きつけられた。石が砕け、男は柱の下へ落ちたまま二度と動かなかった。
オーレリアンは振り向かなかった。身体は直せた。それなのに、つなぎ直すべきセヴェリン自身が、触れるたびに遠ざかっていった。
(直ったのは身体だけだ。テオの時は、黒碑のそばで、離れ切る前の魂に届いた。ここでは、もう届かない)
残る三人が同時に剣を抜いた。白いフォルマをまとった刃がテオヴァルドへ走った。硬い音が三つ重なり、光だけが砕けて左右の石壁を裂いた。
さらにオルビスを重ね、遠ざかる魂と身体の間へ橋を架けようとする。だが円は閉じる前にほどけ、セヴェリンの輪郭は薄れていった。
背後で一人が逃げ出した。盛り上がった敷石が男を壁との間へ挟み潰した。残る二人の剣も根元から砕けた。
「降伏する!」
一人が両手を上げた。だが白い刃は止まらず、二人の胸を同時に貫いた。四人目が石段へ崩れたあとも、テオヴァルドの周囲では新たなオルビスが開き続けた。
セヴェリンを包んでいた光を消した。外から借りていた脈も、それと同時に途切れた。
「テオ。こっちを見て」
フードからこぼれた髪の奥で、テオヴァルドの目がようやくオーレリアンを捉えた。開きかけたオルビスと白い刃がほどけ、テオヴァルドはセヴェリンのそばへ戻って片膝をついた。
「戻せない」
テオヴァルドは首を振った。
「僕は、戻れたのに」
「……ごめん」
しばらく動かなかった。やがて、まだ温かいセヴェリンの手を両手で包んだ。
病室から、灰衣の女と若い男が出てきた。二人とも、胸元に聖職印はなかった。二人の視線が、礼拝堂の前に倒れた四つの黒い外套をたどった。
「私たちが最初から出ていれば……」
「神父様は、自分で扉の前に立ったんです。あなたたちが出ればよかったなんて、言わないでください」
顔は上がらない。その声には、まだ怒りが残っていた。
オーレリアンは膝についた血を拭わずに立ち上がり、灰衣の二人へ向き直った。
「二人とも、聖務官房の教令へ異議を申し立てたのか」
「はい。私は教令への異議書に名を連ね、ヨナスが法廷へ届けました。上級法廷は私たちの処分を取り消しましたが、聖務官房はなお身柄を求めています」
若い男も、灰衣の女の隣でうなずいた。
「行く先がないなら、アシェンマークへ来ないか。教会の地位は戻せない。でも、拘束されずに暮らす場所と仕事は用意できる」
聖務官房の文書は、砕けた石段の上に開いたまま残っていた。
灰衣の女は石床に横たわるセヴェリンへ目を落とし、胸元で両手を握り合わせた。若い男と顔を見合わせ、二人でうなずいてから、オーレリアンへ頭を下げた。
テオヴァルドはセヴェリンの手を離さなかった。ほどなく、慈善院の鐘が、今度はゆっくりと一度だけ鳴った。




