騎士の身体
「テオヴァルド、ブレーゲンへ一緒に来てくれないか」
「僕を、連れていってくださるのですか」
「君が望めば。ただ、あの町へ戻るのが嫌なら――」
「行きたいです」
声に迷いはなかった。そのあとで、昔住んでいた一角しか知らないのだと、小さく付け足した。
「それなら、一緒に迷おう」
翌朝、家の裏でテオヴァルドを待っていたのは、三メートル近い全身鎧だった。
「大きすぎませんか」
少年が両手を広げても肩の幅には足りない。厚い胸甲の奥は空洞だった。
「中へ立つんじゃない。浮いて、鎧の方を動かす」
「その大きさのフォルマを、僕に扱えるでしょうか」
「一度に全部覚えなくていい。私と同じやり方で、試してみよう」
オーレリアンは脛の横に立った。二人とも、鎧から見れば子どもの大きさだった。
帝国の騎士が着る鎧を拡大したものではある。だが、重さを肩へ預ける造りにはしていない。身体を守る外側の殻として、関節を別々のフォルマで動かす。
「私の身体を動かしているものを、鎧へ使う。あなた自身の手足で、この重さを支える必要はないよ」
胸へ触れようとした手を、いったん止めた。
「傷跡に触れてもいい? 言葉で説明するより、感覚を渡した方が早いと思う」
「はい」
テオヴァルドは自分で襟元を緩めた。
二本の指を傷跡へ当てると、すぐそばに少年の意識があった。目の前の景色は変わらない。ただ、相手へ伝えたいと思ったことが、声になる前に届く。
――これが、オーレリアン様のお身体を動かしているのですか。
唇は動いていなかった。
――そう。今から渡すのは、これ一つだけ。
手を上げると決め、それを身体へ届かせる。その感覚を少しずつ伝える。テオヴァルドが分かったところまで進み、途中で迷えばそこへ戻った。
指を離すと、風が耳へ戻ってきた。
足元に置いた板が浮いた。
続いて、少年の踵も地面を離れる。驚いて足を戻そうとすると、板まで一緒に下がった。
「別々に動かすのですね」
「うん。考え方が分かっても、慣れるまでは練習が要る」
もう一度、靴が浮いた。今度は地面へ戻らず、そのまま鎧の胸の高さまで上がっていく。
身体が空洞へ収まった。兜と胸甲が重なり、細い手足が見えなくなる。
その中へ入ったのが十三歳の少年だと、誰も思わないだろう。
(帝国の兵には、ただの従騎士に見えればいい。あとは、これで本人を潰さないことだ)
鎧が片脚を上げた。
踏み出した足が地面へ沈む。よろめくより先に反対の脚が動き、巨体が向きを変えた。腕が遅れてついてくる。
オーレリアンの頭上で、籠手が止まった。
「……申し訳ありません」
「私が近すぎた。続けて」
少し離れると、鎧はもう一度足を上げた。今度は沈んだ土を踏まず、脇の固い地面を選ぶ。重さに振り回されていた腕も、身体の前で止められるようになった。
見物に来ていたミラが、戸口で足を止めた。
「それは、オートマタでは……」
「テオヴァルドだよ」
「えっ」
兜が彼女を向いた。金属越しの声で挨拶され、ミラは返事をするまでに少しかかった。
◇
やがて鎧は、裏手の倒れた柱の前へ進んだ。
籠手を柱へかけ、持ち上げる。以前なら反動だけで折れていた手首は、胸の空洞の中で何も支えていない。柱が地面を離れ、肩の高さまで上がった。
「痛みは?」
「ありません」
即答のあと、少し間があった。
「今度は、本当です」
オーレリアンはうなずいた。鎧が柱を下ろし、その両手を何度も開いている間、急かさずに待った。
白い胸甲が開くと、テオヴァルドは地面へ降りた。ミラに手を見せ、自分でも指を曲げて確かめる。
笑った。鎧の手よりずっと小さな掌を、もう隠していなかった。




