明日を買う
「それを、お使いになるのですか」
その夜、ミラが尋ねた時には、卓上のノミスは二枚になっていた。
片方は彼女が持ってきた硬貨。もう片方は、今、オーレリアンのフォルマから生まれたものだった。帝国の鷲も、縁の擦れた跡も同じである。
「近くの村で食料を買う。収穫までつなぐ分は、これで足りる」
ミラは硬貨を取らなかった。
「帝国の印を、許しなく写せば」
「罪になる。分かってる」
「なら、どうして」
窓の向こうでは、オートマタが柱を立てていた。屋根を作る力も、あの子の命を戻した力も、空の穀倉だけは満たせない。
「建材の買い手を探すにも、銀の重さや純度を確かめてもらうにも時間が要る。見慣れたこの印があれば、その手間を飛ばして食料を買える」
「……同じだけ働かずに、お金だけを作るのですね」
オーレリアンは顔を上げた。
「村の方は、雨の中でも畑へ出たはずです。私たちは、その方たちが育てたものを受け取ります。帝国の印を使っても、奪う相手は帝国ではないと思います」
黒碑の前で跪いた少女が、今は席を立たずにこちらを見ていた。
(そこまで見ているか)
硬貨を指で押すと、二枚が触れ合った。どちらも同じ音を立てる。
「その通りだ。帝国が私たちを捨てたからといって、村の人に払わせていい理由にはならない」
ミラは待っていた。正しい答えがまだ別にあるのなら、それを聞きたいという顔だった。
オーレリアンは硬貨から手を離した。
「でも、今回は使う。知らない誰かの働きより、ここにいる人が明日も食べられる方を選ぶ。私が選ぶ以上、命令した者の名は隠さない」
室内が静かになった。
やがてミラは、二枚とも手元へ寄せた。
「私も、食べさせたいです」
テオヴァルドが口を開きかけた。何を言おうとしたかは、傷跡へ向かった手で分かった。
「二人に罪を分けるための話じゃないよ」
オーレリアンは続けた。
「これを町の商売にはしない。近くで買う食料につないだら、外では、私たちが作れる物を売る。ブレーゲンには、この金を持ち込まない」
「建物の材料を?」
「うん。石より軽くて丈夫なら、使いたい人はいる。向こうにない物を売って、こちらで育つのを待てない物を買う。その取引を続けられる相手を、探してくる」
ミラは硬貨を包んだ。金を使うと決めても、納得できないところは残っているらしかった。
◇
卓へ広げたのは、洞の中で見ていた領地図だった。あの時は泥に埋もれていた水路も、今は家々の間を流れている。
「家と畑を戻して、その外を壁で囲む。皆が魔獣の音を聞くたびに、食事を捨てて逃げなくて済むようにしたい。留守の間は、あなたに任せたい。図面と暮らしが合わなかったら、図面を直して」
「先ほどのように、反対することもあります」
「言ってくれていい。私が帰るまで何も決められないなら、任せたことにならないよ」
ミラは、包んだ硬貨を地図の脇へ置いた。
「お作りになれる物は、売ればよいと思います。ただ、あの機械は見せない方が」
窓の外へ視線が移った。
「家も壁も、この早さで作れると知られたら、買うより取り上げたい人が来るのではありませんか」
(来るだろうな。人を拾って軍へ入れるより、命令だけ聞く手を欲しがる)
「オートマタは外へ出さない。売るのは工房で作った品だけだと伝える。作り方を尋ねられても、答えなくていい」
「壁があれば、断れるでしょうか」
「断る時間は稼げる。その間に、ここが潰れたら困る相手を増やす。食料を買い続けて、建材を売り続ける。兵を出すより取引した方が得だと、思わせたい」
小さな町には、大きすぎる話だった。だが、外では今日も、昨日なかった柱が立っている。
「オルカペルは、もう倉へ戻さなくていい。病人と、祈りたい人のために使ってほしい」
ミラは窓から目を戻した。
「亡くなった司祭様も、そうなさりたかったと思います」
「君は?」
「……子どもたちに、字も教えたいです。物語の続きを、自分で読めるように」
「いいね。本は、私たちが探してくる」
テオヴァルドが身を乗り出し、ミラもようやく笑った。
「私にも、読んでいないものをお願いします」




