雨の入らない場所
屋根の上を、影が渡った。
礼拝堂の前で見上げる人々の頭上へ、長い梁が運ばれていく。足元ではオートマタが腕を上げていた。支えていた梁を壁の上へ据えると、宙に生まれた白い部材が、その間を次々に埋めた。
昨日まで空の見えていた広間が、屋内の暗さを取り戻す。
最後の隙間から降る光が細くなり、閉じた。
病人を寝かせていた壁際へ、ミラが走った。寝床の上に張った布を外し、何度も天井を見上げる。
「これで、雨が降っても動かさずに済みます」
柱にもたれていた男が、何か答えた。掠れた声は外まで届かなかったが、彼女は笑ってうなずいていた。
オーレリアンは戸口を離れ、次の部材を生み出した。
石を削る必要はない。黒碑の前で成り立ちを理解した材なら、同じものを繰り返し作れる。今はまだ、硬い板と柱、それをつなぐ柔らかな材だけだ。それでも、屋根や水路を作るには足りた。
並んだ部材を、白い腕が持ち上げた。
「もう、一つずつ命じなくても動くのですね」
テオヴァルドはオートマタの胸を見ていた。昨日はオーレリアンがそばで動きを支えていたが、今は少し離れた場所まで歩いている。
「胸に、次に何をするか選ぶ仕組みを残した。自分でやり直せるのは、任せた仕事の中だけだけど」
胸の奥には黒い小片が収まり、その周囲にアニマイトが嵌まっていた。洞から持ち帰った、魔力を蓄える石だ。足場を確かめるたび、内側で光が動く。
「フォルマは、組んでいる間にもずれる。覚えた動きを繰り返すだけでは、そこを歩くことも難しい。黒碑は、フォルマをずれごと止めていた。続きを呼び起こせば、前のずれを踏まえて直せる。あの胸の中で、それを続けさせてる」
オートマタが地面の窪みをまたいだ。昨日岩を持ち上げた時と違う場所へ、足が下りる。
テオヴァルドは笑いかけ、途中で胸の傷へ触れた。
オーレリアンにも、何を思ったか分かった。
「あの機械を作るために、あなたから何かを取ったわけじゃないよ。私が覚えていたものを、外へ作った」
「……僕の中にあるものも、同じ働きを?」
「フォルマのずれを直す仕組みは、同じだよ。機械に使ったのは、その働きだけ。あなたの中にあるものは、魂と身体のつながりも保っている。したいことを、この身体で続けられるようにしたんだ」
少年は作業へ視線を戻した。胸元に置いていた手が離れ、まっすぐ伸びた指を見ている。
◇
ミラが礼拝堂から戻った時、外では新しい支柱が立ち始めていた。
倒れた木を刻んだ板と、フォルマで作った梁が組み合わされ、壁の外へ部屋が延びていく。これまで病人の寝床で塞がっていた通路を、子どもが走り抜けた。
「この早さで、ほかの家も?」
「同じ部材でよければ。住む人の希望は聞いてほしい。私には、皆がどこで何をして暮らしてきたか分からないから」
「司祭様が座っていた石は、残していただきました」
振り返ると、祭壇の手前に古い石が見えた。新しい床の中に、そこだけ元のまま残っている。
「あの上に立つと、皆の顔がよく見えるんです。子どもの頃は、登ると叱られたのですが」
今はミラがその石に立ち、人々へ呼びかけている。新しい部屋へ寝床を運ぶ者たちに交じり、子どもも枕を抱えてついていった。
「もう一つ、お願いしてもよろしいですか」
彼女は腕に抱えていた籠を開いた。種に残した穀物が、底に薄く敷かれている。
「これも、同じように増やせたらと思ってしまいました。畑は戻せても、育つまでは待たなければなりませんから」
(そうだよな。家より、先にそれが欲しい)
「見た目が同じ物なら作れるかもしれない。でも、食べさせるわけにはいかないんだ」
穀物を一粒、指先に取った。白い材を作る時のようには、その内側を決められない。
「この世界では、違う法則を魂が一つの命に結びつけている。食べ物には、生きていた時の結びつきが残っているから、別の命を養える。形や匂いだけ写しても、そこまで同じにはならない。毒になるかもしれない物を、皆の食事にはできない」
ミラは籠を抱え直した。
「では、これは畑へ戻します。食べずに残した分ですから」
「道を通すのも、土を耕すのも手伝わせる。それまでの食料は、外で買おう」
「近くに売ってくれる村はございます。でも、手元のお金だけでは……」
言いかけた彼女の向こうで、オートマタが梁を持ち上げた。人々の歓声が上がる。家ならいくつでも増やせる場所で、次の収穫までが遠かった。
「今夜、相談させて。私にも考えがある」
穀物を籠へ戻すと、ミラは一粒も落とさないよう、布で包んだ。




