二度目の生
「眠ってしまったら、また起きられなくなりますか」
テオヴァルドは、灯りの下でそう尋ねた。
戸口に立ったまま、寝台を見ている。叙任を終えても、夜になると部屋の前へ来た。物音がなければ、息をしているか確かめに入ってくる。
オーレリアンは書きかけの紙を伏せた。
「座って。ミラにも聞いてもらおう」
病人の寝床を見ていた彼女を呼ぶと、二人とも寝台のそばへ椅子を寄せた。昼の水路のことを話すつもりでいた顔から、笑みが消えた。
「眠るだけなら、大丈夫。フォルマが次のフォルマを動かすから、ずっと考え続けなくてもいい。ただ、身体が元に戻ったわけじゃないんだ」
テオヴァルドが胸元へ手をやった。
「あなたを戻す時に使ったのは、私の身体の時間だ。だからといって、返してくれとは言わない。ただ、もう黙っておくのはやめたい」
「僕を助けなければ」
先へ続かなかった。指が傷跡の上で止まっている。
「助けたことを、やり直すつもりはないよ」
それ以上言うと、許すように命じることになる。オーレリアンは二人の間へ手を置いた。小さな手だった。大学の机でペンを持っていた手とは、骨の長さから違う。
「それに、私の魂と身体は、最初から少しずれていた。私は一度、別の世界で死んでる」
ミラの唇が動き、祈りの形になりかけた。
「二年前、十歳のこの身体で目が覚めた。ここへ来る前は、大学で研究をしていたんだ。もっと年上で、徹夜の言い訳だけは上手かった」
「ご病気で?」
「頭の血管が切れた。書きかけのものを、そのままにしてね」
机の上の紙へ、つい視線が戻った。ミラもそれを見たが、今は何も言わなかった。
「向こうでは、フォルマはなかった。物が動く仕組みを調べても、紙に書いただけで石が浮くことはない。ここではそれを、自分の手で確かめられる」
言いながら、昼の水路を思い出した。機体が持ち上げた岩と、開いた家の戸口。知っていたことが、人の暮らしに届いた。
「……怖いことばかりだったけど、それは、嬉しかったよ」
「では、あの時のお言葉も、そちらの世界のものですか」
ミラがたどたどしく、黒碑の前で聞いた音を口にした。
「クエ……エラント、という」
「ああ。よく覚えていたね」
(そこを聞かれるのか)
テオヴァルドまで顔を上げた。知らない祈りを口にしたのだと、二人は思っていたらしい。
「『示すべきものは、一つへまとめられた』というくらいの意味だよ。向こうの古い言葉を借りた。答えが出た時に、つい」
「祈りでは、なかったのですね」
「願ってはいた。祈る作法は、君の方がよく知ってる」
ミラはその答えを、笑わずに聞いていた。
「神様がお送りになった、と考えてはいけませんか」
「それを確かめる方法を、私は知らない。だから、私が言ったから正しいとは思わないでほしい」
「今日も、お墓の場所をお間違えになりました」
「そうだね。あれは止めてくれて助かった」
彼女の顔が、少し緩んだ。問いを口にしても、あの光景がなくなるわけではない。オーレリアンも、見たものを忘れてくれとは言えなかった。
ずっと黙っていたテオヴァルドが、手を伸ばした。途中でためらい、寝台の縁へ置く。
「前の世界には、ご家族が?」
「いたよ。死ぬ前に、何も言えなかった」
「帰りたいですか」
答えを探す間、部屋の外から人の話す声が聞こえた。明日も水路を掘る者が、鍬を借りに来ている。
「会いたいと思う。でも、帰れるかは分からない。ここで生きることを、仮の暮らしにはしたくないんだ」
窓の外では、夕方まで動いていたオートマタが休んでいた。
テオヴァルドの指が、寝台の上の手に触れた。
「今のお身体を動かす仕組みを、僕にも教えてください。次に何かあったら、何も分からずに待つのは……」
「うん。知っていてもらえたら、助かることはある」
少年はうなずいた。今夜は、謝ろうとはしなかった。
ミラが立ち上がり、部屋の灯りを一つだけ残した。戸口で紙の束を見つけ、少し迷った末に抱え上げる。
「続きは、明日にいたしましょう。こちらは私がお預かりします」
オーレリアンは返してほしいと言いかけ、テオヴァルドの顔を見た。
今度は二人とも、譲るつもりがなさそうだった。




