↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歴代領主の平均生存年数三年の追放先を聖都にしてみた  作者: Lemonade
奇跡と騎士と産業革命の始まり
11/109

二度目の生

「眠ってしまったら、また起きられなくなりますか」


 テオヴァルドは、灯りの下でそう尋ねた。


 戸口に立ったまま、寝台を見ている。叙任を終えても、夜になると部屋の前へ来た。物音がなければ、息をしているか確かめに入ってくる。


 オーレリアンは書きかけの紙を伏せた。


「座って。ミラにも聞いてもらおう」


 病人の寝床を見ていた彼女を呼ぶと、二人とも寝台のそばへ椅子を寄せた。昼の水路のことを話すつもりでいた顔から、笑みが消えた。


「眠るだけなら、大丈夫。フォルマが次のフォルマを動かすから、ずっと考え続けなくてもいい。ただ、身体が元に戻ったわけじゃないんだ」


 テオヴァルドが胸元へ手をやった。


「あなたを戻す時に使ったのは、私の身体の時間だ。だからといって、返してくれとは言わない。ただ、もう黙っておくのはやめたい」


「僕を助けなければ」


 先へ続かなかった。指が傷跡の上で止まっている。


「助けたことを、やり直すつもりはないよ」


 それ以上言うと、許すように命じることになる。オーレリアンは二人の間へ手を置いた。小さな手だった。大学の机でペンを持っていた手とは、骨の長さから違う。


「それに、私の魂と身体は、最初から少しずれていた。私は一度、別の世界で死んでる」


 ミラの唇が動き、祈りの形になりかけた。


「二年前、十歳のこの身体で目が覚めた。ここへ来る前は、大学で研究をしていたんだ。もっと年上で、徹夜の言い訳だけは上手かった」


「ご病気で?」


「頭の血管が切れた。書きかけのものを、そのままにしてね」


 机の上の紙へ、つい視線が戻った。ミラもそれを見たが、今は何も言わなかった。


「向こうでは、フォルマはなかった。物が動く仕組みを調べても、紙に書いただけで石が浮くことはない。ここではそれを、自分の手で確かめられる」


 言いながら、昼の水路を思い出した。機体が持ち上げた岩と、開いた家の戸口。知っていたことが、人の暮らしに届いた。


「……怖いことばかりだったけど、それは、嬉しかったよ」


「では、あの時のお言葉も、そちらの世界のものですか」


 ミラがたどたどしく、黒碑の前で聞いた音を口にした。


「クエ……エラント、という」


「ああ。よく覚えていたね」


 (そこを聞かれるのか)


 テオヴァルドまで顔を上げた。知らない祈りを口にしたのだと、二人は思っていたらしい。


「『示すべきものは、一つへまとめられた』というくらいの意味だよ。向こうの古い言葉を借りた。答えが出た時に、つい」


「祈りでは、なかったのですね」


「願ってはいた。祈る作法は、君の方がよく知ってる」


 ミラはその答えを、笑わずに聞いていた。


「神様がお送りになった、と考えてはいけませんか」


「それを確かめる方法を、私は知らない。だから、私が言ったから正しいとは思わないでほしい」


「今日も、お墓の場所をお間違えになりました」


「そうだね。あれは止めてくれて助かった」


 彼女の顔が、少し緩んだ。問いを口にしても、あの光景がなくなるわけではない。オーレリアンも、見たものを忘れてくれとは言えなかった。


 ずっと黙っていたテオヴァルドが、手を伸ばした。途中でためらい、寝台の縁へ置く。


「前の世界には、ご家族が?」


「いたよ。死ぬ前に、何も言えなかった」


「帰りたいですか」


 答えを探す間、部屋の外から人の話す声が聞こえた。明日も水路を掘る者が、鍬を借りに来ている。


「会いたいと思う。でも、帰れるかは分からない。ここで生きることを、仮の暮らしにはしたくないんだ」


 窓の外では、夕方まで動いていたオートマタが休んでいた。


 テオヴァルドの指が、寝台の上の手に触れた。


「今のお身体を動かす仕組みを、僕にも教えてください。次に何かあったら、何も分からずに待つのは……」


「うん。知っていてもらえたら、助かることはある」


 少年はうなずいた。今夜は、謝ろうとはしなかった。


 ミラが立ち上がり、部屋の灯りを一つだけ残した。戸口で紙の束を見つけ、少し迷った末に抱え上げる。


「続きは、明日にいたしましょう。こちらは私がお預かりします」


 オーレリアンは返してほしいと言いかけ、テオヴァルドの顔を見た。


 今度は二人とも、譲るつもりがなさそうだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。