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歴代領主の平均生存年数三年の追放先を聖都にしてみた  作者: Lemonade
奇跡と騎士と産業革命の始まり
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遠い故郷

前の世界で暮らしていた頃のことを、人に話すために思い出したのは久しぶりだった。


 机に向かっても、どこから話せばよいか決まらなかった。十歳でこちらへ来たこと。言葉も分からず、知らない大人を父と呼ぶようになったこと。


 そこから話したのでは、また、苦労をした子どもの話になってしまう。


 そのどれよりも、昔通っていた店の灯りが先に浮かんだ。帰るのが遅くなっても、そこだけは開いていた。


 (こういう時に、弁当かよ)


 笑いかけたところで、戸を叩く音がした。


「ここでいい?」


 エルネリスを招き入れ、窓際の椅子へ向かい合って座った。用意していた言葉は、顔を見たら使えそうになかった。


「昼間、戻りたい場所の話をしたでしょう」


「うん」


「ヴェイル家のことじゃないんだ。私は、ここへ生まれる前のことを覚えてる」


 彼女の顔から、待っていた笑みが消えた。驚きを隠そうとはしなかったが、口も挟まなかった。


「こことは違う世界で、研究をしていた。もう大人で、毎日、計算ばかりしていたよ。ある晩、机に向かっている時に倒れた。それで終わりだったはずなんだ」


 倒れる直前、何を考えていたのだったか。死ぬつもりがなかったことだけは覚えている。


「気づいたら、十歳の子どもになっていた。言葉も分からなかった。何が起きたのかは、今も分からない」


 返事を待っていると、こちらの手元を見ていた彼女が、やがて目を上げた。


「前の生の記憶が残った人の話は、聞いたことがある。でも、違う世界というのは……」


 そこで言葉を止め、少し考えてから続けた。「誰かの思い出を受け取ったんじゃなく、君自身が生きていたんだね」


「私は、そう思ってる。誰かに証明できるとは言えないけど」


「ごめん、疑ってるわけじゃないんだ。昔聞いた話に当てはめようとしてた」


 彼女にも、すぐには分からないらしい。それを見て、かえって続きを話す気になれた。


      ◇


「君のいたところにも、フォルマはあった?」


「なかった。物を動かすにも、熱を出すにも、別の方法が要った。遠くにいる相手へ声を届けることはできたけど、私にはここで同じものを作れない」


「遠くって、山の向こうでも?」


「海の向こうでも。話せるのが当たり前だったから、つい後回しにしてた。母にも、もっと連絡しろと言われてたよ」


 話しながら、返さなかった便りを思い出した。用事のない時にも届いたので、あとでいいと思った。


「お母さん、君が帰ると思って待っていたんだね」


「多分。私も、いつでも帰れると思ってた」


 そのあとのことは、知らない。知らせを受けた時にどんな顔をしたかも、想像するばかりだった。


 次の言葉が出なくなった。エルネリスも、質問を続けなかった。


 窓の外には、山の裾まで町の灯りがあった。自分が作り始めた場所だ。今夜ここに帰れてよかったと思ったことも、嘘ではない。


「こちらで、楽しく暮らしてるよ。君にも会えたし、テオたちもいる。でも、帰りたいかと聞かれたら……ないとは言えない」


「うん」


 それだけだったので、もう少し話せた。


「昔は、別に勇敢でもなかった。大勢を連れて戦うなんて、考えたこともない。今も時々、誰かほかの人に決めてほしくなる」


「君のこと、分かった気になってたな。年に似合わないことを言うのも、そういう育ち方をしたからだと思ってた」


「見た目ほど子どもじゃないことは、隠してた。君には、最初に言おうか迷ったんだけど」


「何歳だったとしても、私よりは若いと思うけど」


「そこは、張り合えないね」


 彼女につられて、笑えた。しばらく窓の外を眺めてから、エルネリスが口を開く。


「君が帰りたいと思う場所なら、私も見てみたいな。……今、そう思った。行けるかどうかも分からないのにね」


 差し出された手を取った。続きをうまく話せなくても、急ぐことはなかった。


「テオたちは、この話を?」


「知ってる。でも、君に話すかどうかは、自分で決めたかった」


「誰にも話さないよ。まだ驚いてるけど……君が話してくれたのは、うれしい」


「聞いてもらえて、よかった」


 握った手が離れないので、言いそびれていたことも話せそうだった。


「さっき、昔の店を思い出してた。夜遅くまで開いていて、帰る途中によく寄ったんだ。大した場所じゃないんだけど」


「そこで、何を食べてたの?」


「いつも同じもの。遅くなると、それしか残ってなくて」


 笑われた。その味を、知ってほしくなった。


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