客のいる家
留守にしていた家から、笑い声がした。
ひと月近い帰路を終えても、すぐには休めなかった。アッシュマークの通りは軍を迎える家族で埋まり、何度も手を振り返して、ようやく家へたどり着いたのだ。上着を脱ぐ間もなく食堂から顔を出したのは、エルネリスだった。
「おかえり。思ったより早かったね」
「私の家だよね、ここ」
「そう聞いてる。間違えたかな」
その後ろでマルタが笑っていた。三日前に着いたという客は、もうどこに椀があるかまで知っている。
砦にいる間に招く手紙を出したものの、返事はまだ受け取っていなかった。軍と一緒では足が遅い。便りばかりか、招いた相手にも追い越されたらしい。
「山を越える許しが出たから、すぐ来たんだ。待ってるのも楽しかったよ。君の話は、みんなしてくれるから」
荷を下ろす前に手を取られた。指に力が入ったのは一瞬で、彼女はすぐ、後ろの三人にも声を掛けた。
「みんな、無事でよかった」
勧められた椅子へミラが腰を下ろし、長く息をついた。すぐ聖堂へ寄ると言っていたのを、マルタに止められている。
「途中から、エレンには先に帰ってもらったんだ。会えた?」
「うん。君たちの話を聞いたよ。ミラの操縦も、ずいぶん上手になったって」
自分の隊へ戻るエレンとは、ローデンで別れていた。今度は部下も連れてきたいと言っていたが、まだ許しを得ねばならない。
テオヴァルドが荷の中から本を取り出した。
「滞在される間に、読んでいただきたいものがあります。僕が、書いてみた話です」
「君が? じゃあ、あとで貸して」
テオヴァルドはうなずいたが、すぐには手渡せなかった。旅の間にオーレリアンへ読ませていた時より、ずっと緊張している。
◇
夕食には、西の港で食べた魚の煮込みが出た。こちらで手に入る川魚で、エルネリスが作り方を教えたという。
「味が違ったら、魚のせいにしてね」
「そこは、料理をした人をかばうんだ」
「君に食べさせようと言ったのは私だから。責任は重いよ」
前に港で食べたものより、少し辛い。そう言う間にも、ミラはパンを浸していた。
「おいしいです。留守の間、こんなお食事をしていたんですね」
「私も、今日が初めてだよ」
「いつもは、ちゃんと食べないんです」とマルタが口を挟み、ミラがすかさずオーレリアンを見た。自分のことを言われた気になったが、話は聖堂の子どもへ移っていた。
あの子がもう字を読めるのかと、テオヴァルドまで身を乗り出している。こちらの戦の話を、急いで聞こうとする者はいなかった。
食後にエルネリスへ滞在の予定を尋ねると、十日ほどは空けてきたと答えた。
「向こうの仕事は大丈夫?」
「代わってもらった。君と違って、誰かを倒してから帰る必要もない」
「今回は、倒したあとも長かった」
「じゃあ、しばらく私の相手をして。働く予定ばかり入れないでね」
「分かった。明日は、まず一緒に朝ご飯を食べよう。昼の約束は、そのあとで」
◇
客が部屋へ上がってから、留守中に届いた書状を確かめた。
金枝会のラザールから、包みが届いていた。研究所への援助を調べると約束した、あの返事だった。
階段へ向かいかけていたクレイドを呼ぶと、彼は宛名を見ただけで戻ってきた。
「今、読みたいです」
研究所から会へ出された報告の写しだった。残っている分を送るとあり、処置を担当した者の話は、まだ聞けていないという。
少年の名は、見つからなかった。だが、人の姿を保てる時間と、剣を握る間だけ使えたフォルマ。その二つが同じ欄にあった。
「これ、僕です」
続きには、以前のフォルマが使えなくなったことも書かれていた。その日付より後にも、援助を続ける承認がある。
その行の下に、別の手で短い意見が添えてあった。
『従来のフォルマは失うも、人身に魔獣の働きを保つ目的は達した。継続を認める』
クレイドの指が、その一文に止まった。
「研究所では、治すためだって。ずっと、そう言っていたのに」




