ドレスと肖像画
「姫様ー。いないいないー……ばぁ!!」
「きゃうー!きゃっきゃ」
私はいまファイルーズのいないいないばーで、お庭の芝生の上に敷いたラグの上で転がって大爆笑をしております。
今日は注文していたベビー服がたくさん届いた日。そして、約束通りお披露目会用のドレスを注文する日です。
採寸の時には私の機嫌が悪くなり、やって来たお洋服屋さんたちにはご苦労をおかけしました。
アンナの言うことには「人見知り」らしい。
そうそう。なんだかあちこち知らない人に触られて嫌だったんだよねぇ。見本の布を肩にかけられたりして疲れたのもあって飽きて泣いちゃった。
採寸と色決めが終わったら速攻でお兄ちゃんたちとファイルーズにお庭に連れ出してもらってもうご機嫌です。
「姫様。ミルクを飲みましょうね」
「きゃあー」
手を叩いて喜んだらみんなも笑ってくれる。
全員から見守られながらミルクをんぐんぐ飲んだら喜ばれる。
最後にげっぷをしたらそれだけで拍手喝采だ。
毎日何度もやってることなのにお兄ちゃんたちはまだ飽きないみたい。
それどころか「何度見てもアウローラのげっぷはかわいいな」「ぷはぁ!が今日はなかった」と真剣に語りだす始末。
私も期待に応える必要があるのかと緊張するが、ミルクを飲んでしまえばそんなことはもう忘れてしまってるんだけどね。だいたい期待に応えるげっぷってなんなんだ。
「母上はきっと昼まで悩むだろうな」
ウラノスがくすくす笑っている。
「午後に食い込むんじゃない?」
シエルはけろっとそんなことを言うが、悩むのは私のドレス一着なのにそんなに時間かかるかなぁ?お店でのお買い物のときはビシバシ指示して即断即決だったのに。
私は渡された狼のぬいぐるみを寝転がりながらぶんぶん振って考える。真っ白のタオル生地で作られたファイルーズにそっくりなぬいぐるみはカリダーデ様に作ってもらったもので、私のお気に入りだ。
「ははうえは、かんぺきしゅぎです」
双子も声をそろえて言う。
「そうだな。肖像画もあるからな」
ウラノスが頷く。
お披露目会のときには私を入れた「新しい家族の肖像画」を会場に飾るらしく、カリダーデ様は滅茶苦茶張り切っている。
こちらの世界には写真はなく、節目節目に絵を描いて残すのはプテリュクス家の恒例行事らしい。
今も談話室には大小さまざまな家族の肖像画が飾られている。
あの中に家族として入れるのだとしたらとっても嬉しいことだ。
そして肖像画を見て一番謎だったのがファイルーズ。
お兄ちゃんとして紹介されていないが、今飾られている家族の肖像画にはしっかり彼の姿もある。狼の姿だったけど。
ファイルーズは普段は騎士の寮にいて、ピスティスやコンフィアンスたちと一緒に暮らしているようだ。でも、お城にはファイルーズのお部屋がお兄ちゃんたちと同じ並びに用意されている。
親戚のお兄ちゃん、とかなのかなぁ?でも私のことアンナたちと同じように「姫様」って呼ぶしなぁ。
まだ私はファイルーズ以外の獣耳を頭のに生やした人に出会ってないから、ファイルーズが珍しい人種なのかどうかもよくわからない。考えれば考えるだけ謎の人物だ。
「どうかしましたか?姫様」
私があんまりにもじーっとファイルーズを見つめていたので心配されてしまった。にぱっと笑ってごまかしておく。ファイルーズには私の考えてること伝わっちゃうみたいだからあんまり意味ないみたいだけど。
「姫様。私は姫様の味方ですから」
にっこりと笑って言われる。
ほら、やっぱり私の心を読んでる。やっぱり謎。それでも全く嫌な感じ無いんだけどね!不思議!
もうすぐお昼かなーなんて思っていたら、遠くから声が聞こえる。
「姫様ー、坊ちゃまたち―」
アンナの声だ。
「奥様がお呼びですよー」
「予想外だ。ずいぶんと早く決まったみたい」
お兄ちゃんたちがささっとおもちゃを片づけて、私を抱いて談話室に向かって走り出した。
「アウローラ。ドレスが決まりましたよ」
ニコニコ顔のカリダーデ様とちょっと疲れた顔のエレオス様がソファに座っていた。
そうだよね。あの怒涛の注文凄いもんね。エレオス様の気持ち、わかりますよ。
「それでは奥方様。ドレスは坊ちゃまたちのを含めまして2週間で仕上げさせていただきます」
「ええ。お願いしますね」
「ご注文ありがとうございました。完成をお楽しみに」
きれいにお辞儀した店長さんたちはアンナの案内で帰って行った。
「母上。アウローラのドレスが決まってよかったですね」
「ええ。前回の訪問時に色々注文しててよかったわ。私の好みを覚えていてくれたみたいなの」
「どんなドレスですか?」
「これよ」
カリダーデ様はシエルにデザイン画を差し出した。
「かわいい!」
「本当だ。かわいい」
シエルの手元の紙を覗き込んだヒンメルも同意する。
「あにうえー。ぼくらにも見せてください」
「いいよ、ほら」
「わあ!かわいいねー」
ルークスとルーチェが顔を赤くして興奮してる。
えー、どんなデザインか私も気になってきたよ。
「うぶぶぶ」
「アウローラもみたいの?」
「ほら。かわいいよ」
双子が見せてくれるのを、抱っこしてくれるウラノスと一緒に覗きこむ。
うわー!夢かわいい!なんだこのフリフリ!
こんなの似合うかなぁ?めっちゃお姫様だよ?あ、いまは赤ちゃんでお姫様で、アウローラだった。
「アウローラに似合うよ、きっとかわいいやつだ」
ウラノスもにこにこ喜んでくれる。
まだデザイン画から立体にしたものを想像できないみたいだけど、ウラノスも褒めてくれる。
「あうー!あーう!」
私はじたばたして喜びの舞を踊ったのだった。
2週間後。
出来上がったフリフリの宵闇色のドレスを着て、私は苦行に立ち向かっております。
そう。家族の肖像画。
動いちゃダメなの。いや、動くなとは言われてない。でも動いちゃいけないのは分かってる。
でも動いちゃだめだと思うと動いちゃう。ヘッドドレスもかゆいし、緊張してしゃっくりとか急に出ちゃうんだもん。そうしたらみんなが笑って中断しちゃう。でもおじいちゃんの画家さんはにこにこ顔。全然怒んない。
私がぐずり始めると、カリダーデ様の足元に寝そべっている狼に支えてもらいながら跨る。そう。ファイルーズがやっぱり狼の姿で参加しているのだ。
ふわもこの毛並みに手をうずめてべったりと体を預ける。
「あうぶぶぶぶぶ」
「わふ」
ファイルーズの体温が心地よい。あと真っ白の毛並みもサイコー。シルクみたいな手触りが顔に当たって気持ちいいんだよねぇ。癒される~。
「アウローラはとってもファイルーズを気に入ってるみたい」
シエルがこっちを見ながらつぶやく。
「ファイルーズがいると安心しているように見えます」
「ファイルーズもうれしそうです」
双子も同意する。
だってこんな大きな狼に触れるなんて、前世では考えられないんだもーん。
私は動物好きだったけど、家庭の事情で犬とか猫とか飼えなかったんだよね。小学校の時のウサギの飼育係も抽選に負けてお世話できなかったし。
ワキワキ手を動かして狼ファイルーズの毛並みを堪能する。ふわもこの毛並みは正義!モフモフはご褒美!はふぅ。
休憩をはさみながらだから全然進んでないんじゃないかと心配していたんだけど、そこはプロ。ちゃんと進んでるとのことだった。長年プテリュクス家の肖像画を描いてくれてるのはこのおじいちゃんらしく、家族はみんな安心して任せてるって感じ。
「今日はここまでにしましょう」
もうそろそろお部屋に差し込む日差しが沈み部屋に照明を準備する頃だった。おじいちゃんの声で今日のお仕事は終わり―。はぷぅ。やっとだ。
「ではまた来週にお願いする」
「畏まりました」
絵を覗き込んでにっこり笑ったエレオス様とおじいちゃんは握手をしてまた次の約束をしていた。
「今日は頑張ったわ。アウローラはやっぱりお利口さんね」
カリダーデ様に抱かれてほっぺにキスされる。
「まさかこんなにスムーズに進むなんて思ってなかったわ」
結構暴れてたし集中力も続かなかったんだけどな。褒められちゃった。
「ルークスとルーチェがもっと小さかったときなんか一瞬も止まってなかったもん」
ウラノスが笑うと、思い出したようにシエルも笑う。
「あれはすごかったなぁ。ずっと走ってた」
「それは赤ちゃんのときです」
「もう赤ちゃんじゃありません」
双子は真っ赤になって言い訳する。まあそれはそれは大変そうだ。
「そうだね。2人とも大人になったね」
シエルが双子を抱きしめる。
「アウローラのいいお手本になってるよ」
「ほんとですか?」
「もちろんだ」
エレオス様にも褒められて、双子は得意気に笑った。
なんてかわいいんだ。
今日はみんな正装で髪もびしっと固めている。かっこいいんだけどお父さんに褒められて照れるところなんかやっぱりかわいい。
「ルークスとルーチェはアンナに手伝ってもらって服をきれいに吊っておいてね」
「はい!」
カリダーデ様の号令で、お兄ちゃんたちはそれぞれ部屋に戻って着替えるようだ。
お兄ちゃんたちとエレオス様が着ているのはプテリュクス家の正装らしくみんなデザインが一緒。白の学生服みたいでびしっとかっこいいんだよね。
「さあ、アウローラもお部屋に戻りましょうか。窮屈だったでしょ?」
やっとこのきれいなドレスが脱げる!大好きなんだけどね、大好きなんだけどよだれとかたらさないか心配だったんだよねぇ。
ドレスにはスタイもついてたよ、ちゃんと。でもドレスと同じ布でめっちゃひらひらのレースで縁取りされてる一目で「汚しちゃダメな奴じゃーん」と思っちゃうようなやつで緊張しちゃって。いや、汚すなとは言われてないんだけどね。なんなら汚しても替えはあるくらいの感じだったけど。
「あううーん」
「ワオーーン」
嬉しくなった私がした返事が遠吠えっぽかったから、ファイルーズがつられて遠吠えのような鳴き方をした。
「あうーん!」
「アオーーン」
きゃっきゃと喜ぶと、ファイルーズのトルコ石みたいな目がきらきらしているのが見える。ぺろりと舌を出して嬉しそうだ。
「あうあうあうーーーん」
「ワウワウワウーーーー」
「あおおおおー」
「アウウーーーー」
「あおーーーーーーーん」
「アオーーーーーーーン」
段々楽しくなってきてカリダーデ様の腕の中でじたばた遠吠えの真似してたら慌てたエレオス様に抱き上げられた。
「こら、2人ともストップだ。兵たちが間違って集まって来るぞ」
カリダーデ様がくすくす笑う。
そうだった。ファイルーズの遠吠えはみんなが集まる合図だった。
ちらりと見るとファイルーズもしゅんと頭を下げている。
「ファイルーズも今日は休みなんだ。たまにはこっちで飯食ってけよ」
「わふ!」
パッと顔を上げたファイルーズは一つ返事して頷く。嬉しそうにしっぽパタパタ。
「そんなに嬉しいなら、普段から一緒に飯食っていいんだぞ?」
「アウ」
そういえばファイルーズはお城では食事を一緒にしていない。普段は寮でご飯食べてるのかな?
どんなところか寮にも見学に行ってみたいな。
私は普段はカリダーデ様のお部屋を使ってるけど、他はまだお兄ちゃんたちのお部屋くらいしか案内してもらってないんだよね。ほかのお部屋も探検してみたい。
カリダーデ様の私室はお風呂も洗面所もトイレもばっちりついてて、なんならお茶の準備くらいできるような簡易キッチンもある。
私が前世で住んでたワンルームがすっぽり収まるくらいの広さがあるのよね。最初見た時びっくりしたもの。
だから私のベビーベッド置いても、おもちゃを広げても全然余裕なんだけど。
「じゃあ、アウローラ。着替えて食事の準備をしましょうね」
「あう!」
ごはんごはんごはーん。お腹をぐうと鳴らして私はご機嫌に運ばれるのであった。




