寝て起きてまた眠る
くしくし目をこすって「くあ」とあくび。
「起きちゃったの?」
優しくささやくような声に顔を上げると慈愛に満ちたカリダーテ様の笑顔がすぐ近く。とくんとくん。その穏やかな胸の音を聞きながらゆるゆる微睡んでいると、背中をゆったりとトントン。
「まだ寝ていてもいいのよ」
「はぷぅ……」
えーっと。朝ご飯が終わった後は、お庭にパラソルを立ててもらって、お気に入りのお人形遊びをしていたと思ったんだけどなぁ。いつのまにかカリダーデ様の私室のソファで抱っこされながらのお昼寝タイムを迎えていた。
この世界に来て赤ちゃん生活も5日目。
慣れたかと言われれば慣れてきている。赤ちゃんの体は不自由なようで自由に満ちている。
ただ、意識は大人なのに赤ちゃんの体に引っ張られるように行動していることがあって、そこはちょっと困ってる。例えば人の目を盗んでちょっと好奇心のままなにかを口に入れようとしたり、急に電池が切れたようにパタンと眠ってしまったり。
いまもスタイの端っこをもみもみしていたのに無意識で口に咥えようとしたところでやんわりカリダーデ様にストップされてうにゃうにゃ言葉にならない文句を言っている。やっちゃいけないとわかりつつ、やってしまうのだ。無意識って怖い。
「ほんとうに姫様は大人しくって、聞き訳がよろしいですね」
「女の子ってこんな感じなのね。泣いても声が高くて優しくて、力もあの子たちに比べて弱い気がするの。だから余計に守ってあげないとって思っちゃうのよね」
アンナとカリダーデ様がひそひそ話。
流石男の子を5人育てた母は違う。私もけっこう大声で泣いたり力のコントロールが難しくて感情のまま暴れたりしてるんだけどな。母は強し。
「ははうえー」
いつの間にか双子が部屋に入ってきたようで、カリダーデ様が「しー」と合図した。
ゆっくりと近づいてきて、私を覗き込んでくる気配。
「アウローラは寝ててもかわいいねぇ」
今日もシンクロ率の高い二人が声を抑えて盛り上がっている。
「2人とも、今日の授業はどうだった?」
「テストがむずかしかったです」
「でも満点をもらいました」
「すごいわ。ルークス。ルーチェ。ちゃんと予習をしていったのね」
「はい」
「2人が頑張っているのはいいことよ。その努力はアウローラのいいお手本になるわ」
ここのお家はほめて伸ばす教育方針のようだ。いいことをしたらとことん褒める。どんな努力も見逃さない。
「アウローラが大きくなったらぼくたちがお勉強をおしえてあげます」
「ぼくたちアウローラのいいおにいさまになりたいです」
「2人にはいいお手本が3人もいるわ。お兄様たちがしてくれるようにアウローラを可愛がってね」
「はい!」
「あぶぅ」
2人の声に思わず目が開いちゃった。
「あ、アウローラが起きた!」
「おはよう、アウローラ」
双子は私の顔を覗き込んで、ほっぺたにキスをしてくれる。
まだ照れくさいが、徐々にスキンシップにも慣れてきた。撫でられる。抱っこされる。キスされる。こんなにも赤ちゃんて触られるものなんだなぁと最初はびっくりしたけど気持ちがいい。
「2人とも今日も食堂じゃなくてここでおやつを食べようと思ってきたのでしょう?」
「えへへー」
照れて笑う双子。
双子は家庭教師の授業が終わると部屋を飛び出して、まず私の顔を見に来ているようだった。お勉強はまだ午前中だけみたい。
私を見ながら軽食をつまんでから一緒に少しお昼寝。午後はお兄ちゃんたちの訓練を見に行ったり翌日の予習をしたりして過ごしているらしい。お兄ちゃんたちの中で一番接する時間が長いのがルーチェとルークスだ。
カリダーデ様譲りの金の髪にエレオス様の薄茶の瞳を引き継いでいて、ちょうどウラノスと同じような色合いを持っている。顔立ちもウラノスと一番似てるかな。ちょうどエレオス様とカリダーデ様のいいところをもらった感じだ。
アンナが準備してくれたミニサンドイッチをつまみながら、2人は今日あったことや学んだことををあれやこれやと話して聞かせてくれる。この世界のお勉強にもなっていいのだが、それがすごく刺激的で楽しそうなのだ。私も魔法の訓練とかしてみたい!騎士の訓練とか見てみたいよー。
「母上。お昼寝もここでしていいですか?」
「まあ、今日もアウローラと寝たいの?」
「本当は夜もいっしょに寝たいのです」
「でも夜はがまんしています」
「2人ともアウローラに釣られて赤ちゃんになってしまったのかしら」
カリダーデ様がくすくす笑う。
ここのお家は5人それぞれの子供部屋があって、双子も今まではちゃんと自分の部屋でお昼寝していたようだ。ちなみに今いるカリダーデ様のお部屋も個人の私室である。夫婦の寝室は隣にあって、その隣はエレオス様の私室。私が来たことでカリダーデ様が夜も自分のお部屋を使うことになったので、エレオス様はちょっと悲しそうである。1人で寝るのが寂しいのは、お兄ちゃんたちだけではないのだ。
「赤ちゃんではありません」
「そうです。ほくたちはアウローラを守っているのです」
「アウローラがいなくならないように目を離してはいけません」
双子は慌てて言う。
「まあまあ。頼もしい騎士様たちね。じゃあ今日もお任せしましょうか」
カリダーデ様が私をベッドの真ん中に寝かせると、双子は急いで私を挟むように左右に寝転ぶ。
「おやすみ、アウローラ」
「うー」
私はさっきも眠っていたというのに、ガーゼケットをかけられると瞼がとろんとしてくる。赤ちゃんになってからよく寝ているなぁ。まあ寝る子は育つというし。こんなもんかなぁ?ぐぅ。
ぱち。
目を開けると、私はベビーベッドに寝かされていた。
まだおひさまは高いのに深く眠ってたんだな。すっきりだー。
じたばたしてから寝返り。腹ばいになって周りを見渡しても部屋は静か。双子のお兄ちゃんたちは先に起きてどこかに遊びに行ったんだろうか?
私はまた転がって仰向けになる。自分で自分の足をムニムニしてみたり、ベッドの上に吊るされたおもちゃを引っ張ってみたりと、気になったものをどんどん触る。
「うっう、うあうあー」
柔らかな日差しに、窓から吹く風。気分がよくなった私は歌を歌った。
「あいあいあいー」
でたらめな前世で歌っていた鼻歌のようなものだったが、案外声を出すのが気持ちい。
「うぷっぷー。あっばっばっばっばー」
そこでぶはっと噴き出す声が聞こえた。
きょろきょろして周りを見ると、ちょうどソファに座るヒンメルと目が合う。笑ったのはその隣のウラノスのようだったが人に聞かれていると思っていなかった。恥ずかしい。
「アウローラ、もう歌ってくれないの?」
シエルがこちらに近づきながらにっこりと笑って私の頭を撫でた。
シエルは一番カリダーデ様とそっくりで、金の髪に青い瞳のちょっと女の子みたいな美少年だ。これは将来も美しくなるだろうなという予感がする。
「兄さまはアウローラの歌をもっと聞きたいよ」
「うー!」
懇願されても恥ずかしいのでもう人前では歌いませーん。
「ウラノス兄上が笑うから……」
ヒンメルがぽそっと呟く。
一番エレオス様に似ている茶色の髪と瞳をしたヒンメルは普段からあまり口数が多くないが、いうことは言う。顔立ちもエレオス様に似ていて男の子らしい見た目。背も高い。
「ええ!?僕のせいかな?」
ウラノスは慌ててやって来て私に謝ってくれる。
「ごめんね、アウローラ」
「んぶー」
しょうがないなと差し出された手を握ってあげると、ウラノスはほっと息をついた。
「あ。アウローラ。兄さまの手も握って」
シエルが甘えて手を出してくるので、反対の手で握ってあげた。
「アウローラ。僕も」
ヒンメルも来たので足でタッチしてあげた。両手が塞がっているのでしょうがない。
「ぷふっ。アウローラすごい格好だ。それに僕たちのいうことちゃんとわかってるみたい」
「わかってると思う。アウローラちゃんと話してる人のこと見て聞いてるもの」
う。シエルは割と鋭いことをいう。
「母様もそう思いませんか?」
「そうねぇ。とっても賢い子だと思うわ」
カリダーデ様は刺繍枠から目をあげてこちらを見た。
「とっても育てやすくていい子よ。だから少し心配なの」
いい子だから心配?
お兄ちゃんたちも首をかしげる。
「大丈夫です。アウローラには僕たちがいる」
ヒンメルが私の足を持ってちょっと上下に揺らして遊んでくれる。
「……そうね。こんなに可愛がってくれるお兄様たちがいるんだから大丈夫ね」
カリダーデ様は刺繍糸を切って、出来上がったスタイを私に見せてくれる。
「かわいい!アウローラの名前入りだ」
「母上の刺繍はとってもきれい」
「うん。とっても。これもアウローラの瞳の色だ」
私もスタイを見てきゃっきゃと手を叩く。カリダーデ様の刺繍は毎回本当に美しい。まだ文字は読めないが、私はもうこの形が「アウローラ」と読むのだと知っている。
新しく買ってきてくれたものに、カリダーデ様は毎日暇を見つけてはせっせと刺繍を刺してくれている。なんとおしめにも。
お散歩中に物干しざおに掛けられ、燦然と輝く無数のおしめを見つけたのだが、全てに「アウローラ」と刺繍をされているのを知った時は驚いた。しかしこれがこの世界の女性の嗜みだそうで、貴族女性には必須の技術。そして愛情表現。
刺繍はプレゼントにもよく使われていている。
辺境伯領では特に騎士や自警団が多いので、女性は思いを寄せる男性に刺繍をしたハンカチやタオルを贈り物にすることが多いらしい。あとは剣につける飾りひもとか。
カリダーデ様は私が大きくなって一緒に並んで刺繍をするのも楽しみにしてくれている。女子会的な、コイバナ的な意味合いで。なのにエレオス様も、お兄ちゃんたちも、なぜか「誰が一番にアウローラからの刺繍をもらうか」で揉めていた。刺繍するなら家族全員の分を最初に作らなければならないようだ。
前世の私はがさつな方だったから、この体が器用に育つことを願ってスタイの刺繍をもにもに揉んだ。
「さあ、あなたたち。休憩時間は終わったのではなくて?」
「あ!本当だ!」
「兄上、急がないと!」
「行ってまいります母上!アウローラ!」
3人は慌てて挨拶をすると部屋から飛び出していった。
開いた窓から訓練場に人が集まる声が聞こえてくる。お兄ちゃんたち午後の訓練に遅れないといいんだけど。
ウラノスとシエルは辺境伯になるためのお勉強と並行して騎士になるための勉強が始まっているらしく多忙である。
ヒンメルはまだ辺境伯のお勉強は免除されていて、騎士の学校でのお勉強だけらしいが自主的にお兄ちゃんたちにくっついて予習をしているらしい。真面目だ。
そんな忙しい合間を縫って私に会いに来てくれているのだと思うと嬉しさもひとしおである。
ノックの音がする。
アンナが来たということは、カリダーデ様が一息つく時間帯だ。
カリダーデ様がお茶を飲むこのタイミングで私もミルクをもらえる。
この世界のミルク、本当にミルキーな甘みがあるのにサラサラしていて飲みやすく、ぬるくても美味しいので私は大好きなのだ。
どんな牛なのか。いや、牛でもないのかもしれない。私は美味しいミルクを出してくれるまだ見ぬ動物に感謝をささげた。
「姫様。起きてミルクを飲みましょうね」
ベビーベッドから起こしてもらって私は手を叩いて喜ぶ。
「きゃうー」
「あらあら。もう楽しそうですね」
アンナにコップを持ってもらってストローをカミカミしながらミルクを存分に味わう。
ああー。五臓六腑に染みわたるぜー。
私は夢中でコップのミルクを吸い続けた。
「ぷはあ!」
私のため息に、アンナとカリダーデ様は大笑いだ。
「奥様、今の声エレオス様とそっくりでしたね」
「ええ。エールを飲んだあとのエレオス様とおんなじ『ぷはあ!』だったわ」
「親子ですねぇ」
「夜にエレオス様に報告したらきっと喜ぶわ」
カリダーデ様はくすくす楽しそうに笑いながらお茶を飲んでいた。時々「ぷはー」といいながら。




