お名前もらいました
「エレオス様。お帰りなさいませ」
エレオス様の抱っこで応接室に入った私の耳に、落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
「おう。今帰った」
エレオス様は足早に歩いて女性の元に行くと、私とともにまとめて女性を抱きしめた。
「エレオス様。赤ちゃんをちゃんと見せてください」
挨拶が終わるとさっと体を離した女性が胸元にいた私を見つめた。
「まあ!まあまあまあ!!」
「可愛いだろう?」
「ええ。こんなかわいい子が……」
口元を両手で押さえながら、女性はウルウルと涙目になっている。
「娘よ。俺の奥さんのカリダーデだ。美しいだろ?」
「あう!」
私はもちろん頷いて、食い入るように女性を見た。
まとめた金の髪に薄い青の瞳。整った目鼻立ちは華やかだが、全体としてみるとしゃんと背筋が通り、凛とした美しさのある人だった。とても5人の子持ちに見えない。あと、熊さんみたいなエレオス様との対比がすごい。
エレオス様が大きなソファにカリダーデ様と並んで座る。
そして私をカリダーデ様に渡した。
「ああ。ミルクの匂いにこの柔らかな体……。懐かしい。かわいいわ。とっても」
うっとりとしたカリダーデ様が私を優しく抱きしめてくれる。
やはり女性の腕の中は男性とはちょっと違う。抱き方が上手なのもあるが、安心感の種類が違うのだ。私は優しさや母性のようなものをカリダーデ様から感じた。
「こんなにかわいい子が森に浅い場所とはいえ一人きりでいたなんて……」
「そうなんだ。それでどうだろう?うちの子として――」
「ええ!もちろんですとも!もう私の子よ。かわいい子。離さないわ」
私は歓迎されるとエレオス様から聞いていたが、本当に奥さんからの賛同が得られるかは不安だった。それが受け入れられてほっとした。
「ママよ。ママと呼んで」
「んまー。まー」
「賢い子ね!」
おでこにちゅっとキスされた。
そしてカリダーデ様は私の着ている服をまじまじと見つめ、いろんなところをめくり始めた。
「どうした?」
「この子の着てる服、仕立てがいいわ」
「そうなのか?」
「貴族ならこの子の名前とか家門の刺繍が入っててもおかしくないくらい」
カリダーデ様は私の服を脱がせて手がかりを探そうとしてくれたが何も見つからなかったようだ。
「何か事情があるにしても、こんな小さな子を一人であの森に置き去りにすることがどんな意味を持つのか知らないものはこの世界にはいないだろう」
落ち込むカリダーデ様にエレオス様が声をかける。
「そういうことよね……」
え?チョットマッテ。イラーハさん。めちゃくちゃ危険なところに私を放り出したのでは……?
えー!!もしかして、もしかしなくても、あの時ファイルーズに見つけてもらわなかったら私、危なかった??
ひっと恐怖に身体を固くしていると、扉をノックする音が聞こえた。
「ファイルーズです」
「おう!入れ入れ」
雑に招き入れるとファイルーズがワゴンを押しながら部屋に入ってきた。
「姫様の離乳食が整いましたのでお持ちしました」
「ありがとう、ファイルーズ」
離乳食と聞いた途端に私のお腹はゴーゴー鳴いた。
「あらあら。やっぱりお腹が減ってたのね」
くすくすと笑ってテーブルに運ばれたちいさなお皿をカリダーデ様は手に取った。
「ミルクは飲ませたんだがな」
「もうそろそろ離乳食が始まる時期じゃないかしら」
私の下唇を指でちょっと押さえるカリダーデ様。
「ほら、歯が生え始めてる。まだミルクでもおかしくないけど、この子は食べることに興味があるみたいよ」
「本当だ」
私の目がお皿にくぎ付けになっていたのでカリダーデ様がくすくすと笑う。
「んまー。まっまっま」
急に空腹が襲ってきて、待ってられない体を揺らしてアピール。
ちょっと待ってちょうだいねーとカリダーデ様がスタイをかけてくれる。これでうまく食べられなくても洋服を気にしなくていい。完璧な赤ちゃんスタイルだ。
「じゃあ、このお芋をつぶしたのから食べてみましょうねー、あーん」
「あむ」
お芋の味が濃いなぁ。もぐもぐ。どろどろに潰されてるけど美味しいな。
「上手よー」
「葉野菜はどうかしら?あーん」
「あむ」
こっちもくたくたのほうれん草煮みたいだけど、味付けしてないだろうに素材そのものが美味しいのかなぁ?
「あら、この子何でも食べるわねー。上手よ。じょーず」
カリダーデ様がにこにこ喜んでくれる。
ああ。母親ってこんな感じかなぁ。私が食べてるだけで心から喜んでくれるものなんだなぁ。幸せそうな顔して私が食べるのを見守ってくれるんだなぁ。こんなに心を砕いてくれるんだ。
「ふいっく」
嬉しくて、ありがたくて、ぽろぽろと涙がこぼれてくる。
「あら、どうしちゃったのー?美味しくなかった?」
美味しいよ。美味しいから、なんだか幸せで、胸がきゅうっとして、涙が出てきちゃうだけなの。
「奥方様。姫様は嬉しくて泣いているようですよ」
「そうなの?ファイルーズ」
「ええ。とっても喜んでおられます」
ファイルーズには私の感情が読み取れるようだ。白のふさふさしっぽがパタパタ揺れている。
「嬉しくて涙が出ているのだと思います」
正解だよファイルーズ。なんでわかっちゃうのかな。
「うれし泣きって、大人みたいねー」
カリダーデ様がつられて泣けてきたようで、ぐすっと鼻をすすった。
「今までどんな生活を……」
「大丈夫だよ、カリダーデ。これからここで幸せにしてあげるんだ。家族みんなで」
「……ええ。そうね。そうよね」
エレオス様がハンカチを取り出して、カリダーデ様と私の涙を優しく拭いてくれる。
「ほら。飯はまだあるぞ。どんどん食べろよ」
「あう!」
私の元気な返事にエレオス様が頭にキスをしてくれた。そのあとカリダーデ様の頬にも。
「奥方様、エレオス様」
「ええ。来たわね」
私がリンゴのすりおろしまでの離乳食を食べ終えて、「けぷーっ」とげっぷをしたところでファイルーズがひそひそと二人に声をかけた。
「なんだ。知らせてたのか?」
「知られてしまったのよ」
ふうっとため息をつきながら私のスタイを外してくれるカリダーデ様。
なにが来たんだろう?
エレオス様が手をパタパタを横にすると、ファイルーズが素早く、そして静かにドアノブに手をかけてさっと扉を開いた。
「うわー!」
「きゃあ!」
「ぐ!」
小さな子供たちがどどどと雪崩のように部屋に入ってきて転んだ。
「あなたたち。聞き耳を立てるならわからないようにしなさいな」
「いたたー」
「ファイルーズがいるのに気づかれないなんて無理だよー」
「じゃあ、あなたたちの修行不足よ。魔法の練習がんばりなさいな」
カリダーデ様は部屋になだれ込んできた5人の子供たちに言い聞かせた。
「それよりも。母上、食事ならどうして食堂で食べさせないのですか?」
「ぼくたちも赤ちゃん見たかったー」
「私たちが話しあってきちんとプテリュクス家の養子とすると決めたらあなたたちに紹介するはずだったのよ。何事にも順序があります」
子どもたちにきちんと説明するカリダーデ様。
「そんな……」
「赤ちゃんうちの子にならないの?」
「妹欲しいよー」
「そうだよ!僕ら妹が欲しいんだ」
「どこにもやらないで!絶対かわいがるから!!」
子どもたちが口々に訴える。
「安心しろ。カリダーデがもう認めてる。この子はもううちの子だ」
それまで私をガードするように太い腕で隠していたエレオス様が、私をさっと抱いて子供たちに披露した。
「かわいい!」
「かわいい!」
「ほんとうにかわいい!」
「この子が僕らの妹……」
「こんなかわいい子見たことないよ!嬉しい!」
わあわあと子供たちがみんな我先にとエレオス様の近くに走ってきては私を覗き込んで喜ぶ。
よかった。5人の息子さんたちもみんな歓迎ムードだ。
「あうー」
思わずニパッと笑う。
「天使!」
頬を染めた男の子たちが叫ぶ。
「そうよ。プテリュクス家に来てくれた天使よ。みんな必ずこの子を大事にしてあげて」
「はい!」
子どもたちが揃って返事をする。
「父上、天使の名前は……?」
一番上のお兄ちゃんかな?なんだか手を出したり引っ込めたり、そわそわしているように見える。
「まだ無いんだ」
「まだなのー?」
「天使ちゃん、おなまえまだなのー?」
下の子たちは双子かな?顔がそっくりだ。
「うちで引き取るかどうかを決める段階だったからな。でももう引き取ることを決めたんだから、俺たちで考えてつけようか」
「さんせーい」
「お待ちください」
エレオス様と子供たちが盛り上がったところで、カリダーデ様がストップをかけた。なになに?ちょっと怖い顔になってるよ?
「男の子の命名権はエレオス様にございました」
「え、あ、うん。そうだな。カリダーデ」
「女の子が生まれたら、命名権は私にあるはずです」
「うんうん、そうなるな」
「では、名前は私が温めていた名前を付ける、ということでよろしいでしょうか?」
「も、もちろんさ」
「うふふ。5人産んでも男の子ばっかりでしたので、私のつけたい名前はずっと保留になっていましたが決めてあります」
たじたじとしたエレオス様に、嬉しそうなカリダーデ様。
そりゃ5人産んでみんなエレオス様が名付けていたなら女の子が欲しいカリダーデ様が名前を温めていたという話も分かる。
「この子の名前は、アウローラ。私たちプテリュクスが空を制する家門なのだからぴったりでしょう?」
「アウローラ!美しいこの子に似合っているよ、カリダーデ。流石だ!」
アウローラかぁ。オーロラって意味だよね。オーロラ。元日本人からしたらちょっと大層な名前なんだけど、今は平面顔じゃないからねぇ。バリバリ西洋人顔なので違和感がない。と、思いたい。
「アウローラ。きれいな名前」
「アウローラ!」
「ぴったりだよ。さすが母上!」
兄たちもみんな褒めてくれるので、私は嬉しくなって体が自然と踊り出した。
「あう!きゃっきゃ!」
「アウローラも嬉しいみたい!」
「アウローラ。僕は一番上のウラノスだよ」
「うーうー」
「あ、兄上ずるいー。僕はシエル。二番目の兄さまだ」
「ヒンメル。三番目だ」
「ルークス!」
「ルーチェ!」
双子まできちんと自己紹介してくれた。やっとこの家の全員の名前を知ることが出来たぞ。
「父上。母上。アウローラを抱いても?」
「ええ。いいわよ」
ウラノスが私を抱っこしてくれた。弟たちの面倒をみていたのか慣れてる手つきだ。安定感がある。
「ウラノス兄上はいつも一番だー!」
双子が声をそろえて抗議する。
「お前たちはまだアウローラを落っことしそうで怖い。座って抱きしめてあげればいい」
「わかった!」
ソファに座った私を双子が左右からサンド。ほっぺをすりすり。
「こらこら。優しくだぞ」
「わかってるー」
「やさしくしてるよー」
次はシエル。このだっこも安定感があっていいね。
「なんだか本当の妹みたいだ」
「本当の妹よ。この子おっちょこちょいなのよ、きっと。私のお腹に来るはずだったのにちょっと間違っちゃったのね」
シエルの言葉に確信をもってカリダーデ様がいう。
「カリダーデのその言葉、しっくりくる。俺も初めて見つけた時からこの子に感じるものがあった」
「じゃあ、もう、アウローラは僕たちの妹だ」
ヒンメルが恐る恐るといった感じで抱きしめてくれた。
「僕らの宝物……」
「ええそうよ。あなたたちと同じく、アウローラもプテリュクス家の宝物ですよ」
「ぼくたち、アウローラを守るよ!」
「うん!ぜったいぜったい守る!」
双子が手を挙げて決意を叫ぶ。
「よし!よく言ったぞ。みんなでこの子を守ってやろうな」
エレオス様が大きな体で子供たちをまとめてみんな抱きしめる。
「父上!アウローラがつぶれてしまいます」
「わはは!それはすまなかった。これからは気を付ける」
応接室がみんなの笑い声に包まれた。




