お父さんと大空
「さあ娘よ。我が家に帰ろうな―」
エレオス様はデレデレとした顔で抱っこした私の頭に頬ずりしてくれる。髭が痛いので「うぶー」といって顔を押すが全然気にしてない。
「エレオス様。姫が一緒であることは奥方様に先触れを出したほうが――」
「は!!」
私を一番に見つけた男の人が、エレオス様に耳打ちした。
「ピスティス流石だ!俺はまた奥さんに怒られちまうところだった……」
片手でおでこをビタンと叩くエレオス様。ちょっと顔色が悪い。
「ファイルーズに託しましょう」
「ああ。それがいいな」
ファイルーズという白犬はトコトコこちらにやってきて、エレオス様の足元にちょこんと座った。
「ファイルーズ。奥方様へ姫が一緒であることを伝えてください」
「わふ!」
一つ返事でファイルーズは弾丸のように森を駆けて行って、あっという間に見えなくなってしまった。
「アイツは足が速いからな。これでフェイマーでゆっくり帰ればちょうどいいだろう」
エレオス様は満足気であるが、わんこのファイルーズがきちんと情報をエレオス様の奥様に伝えることが出来るんだろうか?私は首を傾げた。
「どうしたー?奥さんは必ずお前を受け入れてくれるからな―。安心していいぞー」
エレオス様にほっぺたをふにふに突かれる。
「この柔らかさはなかなか癖になるな。息子たちとはまた全然違う」
「うーうー」
いやいやと首をよじると嬉しそうに笑われる。
「わはは。すまんすまん。俺には息子ばかり5人いるが、女の子ってのはこんなにも違うもんなんだなぁ。抱いていてもずいぶんと軽いし柔らかい」
しみじみと語られたが、息子が5人って結構子だくさんだ。
「エレオス様。フェイマーの休憩所まで行きましょう」
「お。そうだな」
私を抱いたエレオス様は楽しそうに歩き出した。
「ここが俺たちのフェイマーを待機させていた場所だ」
雑木林を抜けるとそこにはぽっかりと広場のような場所があった。そしてそこに白馬、ではなく白い翼をもったペガサスたちが優雅に駆けまわっている姿が見えた。
「うわう!うわーう!」
「フェイマーを見たのは初めてか?美しいだろう?」
「あうあううー!」
こちらの世界では「フェイマー」と呼んでいるらしいが、ペガサスなんて想像上の生き物がこの世界には当たり前にいるんだ!!と興奮した私はジタバタと手足を動かした。
ひときわ大きな個体が、私の声に反応してこちらを見た。黒の瞳と目が合う。そしてすっとこちらへ近づいてきた。
「おいおい。初めて会う娘がいるのにキオーンが自分から近づいてくるなんて珍しいこともあるんだな」
「ブルルルルルルル」
エレオス様の目の前で止まったキオーンという個体は、ぬっと顔を近づけ私の頭を口でハミハミし始めた。
「きゃう!あふふふふ」
柔らかい口のが頭に当たる感触がおもしろくてつい笑ってしまった。
「すごい……。キオーンは気位が高くてエレオス様以外には一切触らせないのに」
ピスティスがあんぐり口をあげて呆けるように言った。
「なんだ、キオーン。実はお前子供好きだったのか?」
エレオス様もちょっとびっくりしている顔だ。そんなに珍しいことなんだろうか。こんなにも「すきすき」と愛情込めて言ってくれてるのに。
たっぷりと頭をハミハミしたキオーンは満足したのか仲間の元へ戻り「ブルルルル」と鳴く。その声に反応したその場にいたフェイマー達が次々とエレオス様の所へやって来ては順番に私に向かって頭を下げるような仕草をする。
「きゃう!きゃう!」
私は素敵なご挨拶に、小さくてまだ動かしにくい手をぱちぱちと叩いて喜ぶ。
「これは……珍しいってなもんじゃないな」
エレオス様はこの光景に顔を険しくして顎髭を撫でている。
「エレオス様、姫は――」
「まだ何とも言えないが、我々が保護できたことを神に感謝することになるかもな」
エレオス様はキオーンによって乱れた私の髪にキスをしてくれた。それがくすぐったくてまた笑ってしまう。
「さあ、姫。御髪を整えますよー」
私は芝生の上に座り、ピスティスに髪を整えてもらっているところだ。渡された手鏡を持って、自分の顔を覗いてみて本当にびっくりした。
プラチナブロンドに大きな灰銀色の瞳がきらきらと輝き、引き込まれるような魅力を醸し出している。それだけじゃない。いくら赤ちゃんといえども顔のパーツが整いすぎてる。これは外国の赤ちゃんモデルを見たような、または精巧に作られたドールを見たような衝撃だった。
何が言いたいかというと、自分の顔ながら、めちゃくちゃかわいいのである。
「ふふ。姫は鏡が気に入りましたか?」
食い入るように鏡を見ている私にピスティスは丁寧に話しかけてくれる。
ピスティスは黒髪黒目で長髪をきれいに後ろでひとまとめにしている男性で、私のことを「姫」と呼んで丁寧に接してくれる男性だ。前世の私よりも年上に見える。30代くらいかな?
「姫の髪はまだ柔らかいのでこれくらいにしておきましょう」
「あう」
私はありがとうの気持ちを込めて、頭をちょこんと下げた。
「姫は本当に賢いですね」
整えた髪を乱さないようにすすっと頭を撫でられた。
「ミルクが温まったぞ。腹減ってるだろ?」
エレオス様がコップを持って現れた。
「あう!あう!あう!」
私は!お腹が!!すごく空いています!!!
「わはは。わかったわかった。今やるから」
エレオス様は座って私を足の上に座らせて、自分のお腹にもたれかかるようにセットしてくれる。
そして、木のスプーンでぬるいミルクを少し飲ませてくれた。
「あうーん」
甘ーい。バターのような濃厚さもありながら喉を通りやすい。こんなにミルクって美味しかったけな?
「うまいか?ゆっくり飲めよ」
「うう!」
ゆっくり運ばれるスプーンがまどろっこしすぎて、私はコップに手をかける。
「ああ!こら。こぼれるぞ」
それでもエレオス様はコップを私から取り上げようとはしなかった。
私は喉を鳴らしてごきゅごきゅとミルクを飲む。ミルクの半分は服に吸い込まれる羽目になったが、私は満足だった。
「服は洗わなきゃならんな」
エレオス様はテントに入って私を寝かせると、すぐに私の服とオムツをはぎ取ってタオルで体を拭き拭き。服の代わりに大判タオルをくるりと巻いて、細く切られた布紐ではだけないよう結んでくれた。
手馴れておられる。流石5人の子持ちは違うなぁ、育児ちゃんとしてたんだなぁ。なんてタオルぐるぐる巻きで感心してしまった。
「コンフィアンス。これを洗ってくれ」
「はい!」
テントから出たエレオス様は、洗濯物を傍らに控える赤毛の巻き毛に緑の瞳の青年に任せた。
「コンフィアンスの魔法は楽しいぞ」
エレオス様の言葉に、私は目を見開いた。魔法?魔法って言った?
「あいつは衛生兵だからな。水魔法や癒しの魔法が得意なんだ」
コンフィアンスがなにかぶつぶつと唱えて手を空中に向けると、そこに大きな水が現れた。
「うう!」
ぼわんと浮かんだ水に私の服を入れると、くるくると回ってまるで洗濯機のように洗われる。
右回転。左回転。渦潮―。
本当に洗濯機みたい!
私は手を叩いて喜んだ。
コンフィアンスは洗濯物から汚れが出なくなるまで水を替えながら洗い続ける。汚れた水は森の中に捨てているようだ。
「きれいになりましたよ、姫様」
水がきれいになったところで洗濯物を取り出したコンフィアンスはにっこりと笑って今度は風魔法で服を乾かしてくれた。
「ふああー」
エレオス様がまたテントで着替えさせてくれたが、温風で乾かされた服はふかふかぬくぬくでとても気持ちがいい。
着替え終わった私はコンフィアンスにもありがとうの気持ちを込めて頭を下げた。
「姫様。きれいになってよかったですね」
コンフィアンスはにこにこして頭を撫でてくれた。
「そろそろ日が傾いてきたな。帰るとするか」
「はっ!」
ピスティスが指示すると、みんなてきぱきとテントを片づけたりフェイマーたちに鞍をつけたりと帰り支度を始める。
ものの数分でにぎやかだった待機所は跡形もなく片づけられた。
「さあ、挨拶は済ませてるし、キオーンもお前を乗せるのを楽しみにしてたはずだ」
「ブルルルル」
キオーンは優しい目で「早く早く」とせかしてくる。
「きゃあうー!」
私だってペガサスに乗るのを楽しみにしていたのだ!喜びのあまり体がじたばたしてしまう。
「こらこら、あんまり暴れて落ちるなよ」
エレオス様の言葉に私は固まってしまう。
「ははは。大丈夫だ。俺がちゃんと支えるし、キオーンは風魔法が強い。お前は絶対落ちないよ」
はふう。その言葉に安心して止めていた息を吐く。
「エレオス様。姫は我々の言葉を理解しているようですね」
「そうだな。この子は賢い。なんせ灰銀色の瞳だからなぁ」
「将来が楽しみです」
「わはは。嫁には出さんぞー」
「それは気が早いですし、姫が可愛そうです」
ピスティスのツッコミを聞きながら、エレオス様がひらりとキオーンに飛び乗った。
「キオーン。お前の空をこの子に見せてやれ」
「ヒヒーン!」
キオーンは嘶き、勢いよく助走をつけると空へと駆けあがる。
戦闘機並みの急上昇だったが、圧がかかることがない。周りの空気はひどく穏やかに流れている。
「うぷう」
下を見ると森がもうあんなに遠い。
それにしても大きな森だ。見渡す限りブロッコリーみたいな木が茂ってる。あんなところにぽんと投げ出されてよくもまあ人に見つけてもらったものだ。
『アナタのことを愛してくれる人に出会えます』
イラーハさんの言葉がよみがえってくる。
この人たちが私を愛してくれる人なのかな?
私をきちんと抱きしめてくれるエレオス様の胸に頭をうずめる。
暖かい。これがお父さんって感じなのかなぁ……。
「どうした?怖くなったか?」
「うーう」
「そうか。俺の治める辺境では空を駆けるフェイマーに乗ることが多い。お前も立派なフェイマー使いになれるだろう。見ろ。この空を。何の束縛もない。この自由を愛するのが辺境の民だ。例えこれからどんなことがあっても、お前は自由を愛し、自由に愛されるそのままの姿であれよ」
「う!」
空はもう太陽が沈みかけている。
なにも遮ることのない大空。赤紫の空を見て胸がきゅうんとなる。
きっとこれからの人生で何度もフェイマーに乗って空を飛ぶことになるかもしれないが、私はこの最初の一日の美しさを忘れることはないだろうな。
しばらく快適な空の旅を堪能し、大きな壁に囲まれた街の手前でみんなフェイマーを降りる。空はすっかり暗くなっていた。
「辺境の地は魔物が多い。空を飛ぶ魔物避けの結界が張られているので空から中には入れんのだ」
エレオス様は私を抱いたまま、ひらりと地面に降り立ってキオーンを連れて歩く。
なるほど。つまりフェイマーも空を飛ぶ魔物、というくくりになるのだろう。
魔物というと言葉の響きから怖いモンスターのようなものを思い浮かべたが、こんなきれいな生き物もいるんだな。私がキオーンの首をポンポンと叩くと嬉しそうに首を振ってくれる。
「エレオス様!お帰りなさいませ!」
満面の笑みで手を振りながら駆け寄ってくる美少年。
「おう。ファイルーズ。奥さんにはちゃんと伝えてくれたか?」
「はい!奥方様が談話室でお待ちです!」
真っ白の髪に真っ白の獣耳。パタパタとお尻のあたりで振られている真っ白なしっぽ。トルコ石みたいな青い不思議な瞳は私の知ってるわんこのファイルーズと全く同じだけど、この子もファイルーズって名前?そんなことある?めっちゃ美少年だな。
「先ほどぶりです。私はファイルーズ。狼の姿ではなく早くこの姿でお会いしたかったです」
おお。狼。わんこじゃなくて狼だった。って、どういうことー!?
「さ。奥さんを待たせると怒られる。急げ急げ!」
私は目を白黒させたままエレオス様に屋敷に運ばれるのであった。




