誰も呼べない
また1か月があっという間に過ぎました。
もうすっかり空は低くなって空気が冬の匂いを運んできました。夜は暖炉に火を入れる日が多くなって本格的な冬が始まる準備が出来ています。
「かわいいわ。アウローラ」
「うぶぶー」
私は新しく作ってもらったもこもこの服をお家の中でも着るようになりました。
「ほら。全身真っ白のうさぎさんみたいよ」
「あうー」
よく見たら、お尻の部分に丸いしっぽが付いてる!嬉しいな。
私はしっぽが気になるのでお尻をもにもに触る。
「可愛いでしょ。うさぎのトトをモチーフに作ってもらったのよ」
「うきゃー」
因みに、うさぎのトトというのは私のお気に入りの絵本のキャラクターで、ひとりぼっちのうさぎのトトが本当の家族を探して冒険する物語なのである。
「ほら、フードをかぶってごらんなさい」
フードをかぶせてもらうとうさぎ耳が!!
「よかったわね、アウローラ。トトみたいにかわいいわよ」
「きゃうーん」
はかせてもらった靴下ももこもこで暖かい。冬の準備がこんなに楽しいなんて思ってなかった。
いつも冬なんて寒くて動きたくないし嫌いだと思ってたけれど、この世界に来て赤ちゃんになってみたら案外好きになっちゃったんだよね。
赤ちゃんの目から見る冬って結構楽しいものだ。
それに家族みんながいて、見守ってくれる騎士団の人たちがいて、広いお城だけど全然寒さを感じないんだよね。
独り暮らしのワンルームは寒かったなぁ……。
あ、だめだ。前世のことは考えないようにしないと。なんだか背筋がゾクゾクしちゃう。
「アウローラ。お兄ちゃんたちにも見せてあげましょうね」
「あーう」
カリダーデ様の抱っこで食堂に行くと、お兄ちゃんたちがわちゃっと寄ってきた。
「おはようございます母上。アウローラ」
「おはようみんな」
「あーう」
「かわいい!アウローラ似合ってるよ」
「ほんとうにかわいい」
「雪うさぎのようだね」
「かわいいねアウローラ。トトのマネしてるの?」
双子は流石、すぐに気づいてくれた。
「ううー」
「うん。とっても似合っててかわいいよー」
順番に抱っことキス。
「さあ、アウローラ。俺にもちゃんと見せてくれ」
エレオス様の腕に抱かれて「かわいいかわいい」とキスされる。
熊さんみたいなエレオス様がうさぎの着ぐるみの赤ちゃんを愛でてる図、なんかいい。
「ちちうえ、これはうさぎのトトです」
「うさぎのトト?それはなんだ?」
「アウローラの好きなえほんに出てきます」
「アウローラはトトが好きなのです」
双子が席につきながら、エレオス様にうさぎのトトの説明をしてくれる。
「そうかそうか。アウローラが好きなのか」
「そうです。森にひとりぼっちだったトトが、自分の家族をみつけるためにぼうけんします」
「1巻は自分が住むお家を見つけたところで終わってます。とても大きな暖かい木のお家を見つけました」
「それは、うん。アウローラが、好きそうだ……な」
あ、エレオス様、トトと私を重ねて見てるな。これは。
「うん!アウローラ。今日はパパの膝の上で食べような」
パパに力を込めていうエレオス様。やっぱりかわいいな。
ということで、今日はエレオス様の膝の上で朝ご飯です。
つい何日か前から私、どろどろじゃなくて固形に近いものを食べさせてもらえるようになりました。いえーい。
おかゆも潰されておりません。粒があります。ありがたや、ありがたや。
野菜もくったくたのどろりんちょな感じじゃなくて、お芋とか小さく切ってちゃんとカミカミできるやつ。
ごはんの時間がどんどん楽しみになっていくね。
「アウローラ。美味いか?」
「あーう」
「たくさん食べろよ。パパが食べさせるからな、パパが」
「うううー。パー」
「ん?」
「パッパーパ」
自分でもびっくり。つい口をついて「パパ」みたいな音が出たぞ。
「アウローラ……」
お兄ちゃんの誰かが呟いた。
「アウローラ……なんて?」
エレオス様がフルフル震えながら尋ねる。
「アッパッパッパー!」
「もうちょっと、こう、がんばれアウローラ!」
シエルの励ましに、口をもにもに動かして頑張る。
みんなが注目してる!頑張れ私の口!!
「うー。パッパー!」
「あとちょっとだ!」
「頑張れアウローラ」
お兄ちゃんたちの声援。
「パパー!」
「やったー!!!」
エレオス様が私を抱いて飛び上がって喜んだ。
お兄ちゃんたちも手を叩いて大喜びしてる。
「嬉しい!!こんなにも嬉しいことがまだ待ってたなんて!!なんてことだ!!ああ!アウローラ!かわいい俺の娘!!」
頬ずりされたらお髭が痛いからね。ぎいっと掴んだけど全然気にしてない。喜びに舞うお父さんってこんな感じなんだな。
全然気にせずちゅっちゅとキスされる。
「エレオス様。落ち着いて食事をなさってくださいな」
「あ、はい」
カリダーデ様に怒られたエレオス様がしゅんとして椅子に腰かける。やっぱりかわいいなこの人。
そのあと私は自分の食事を食べ終わり、足りなかったので頭の上でエレオス様が食べてるサンドイッチのパンを少しちぎって食べてやった。怒られたけれど後悔はしていない。パンは美味い。
「そうですか。姫様がもうパパと」
「そーなんだよ。かわいらしい声でパパって言ったんだよ。お前にも聞かせてやりたかったねぇ」
わっはっはと嬉しそうに笑うエレオス様は、今日も私を執務室に連れてきています。
騎士団の人が書類にサインを求めてやってくるたびにその話をしております。ちょっとどころじゃなくさぼってます。
「姫様はずいぶんと他の子より話すのが早いかもしれませんね」
「そうだな。賢いからなぁ」
「きっと『パパすきー』なんてすぐに言いますよ」
「……お前の所の子供は何歳で言うようになったんだ?」
「えーっと、1歳半くらいですかね。いや、2歳ごろだったかな?可愛いですよね女の子は。男の子ももちろん可愛いですが」
「そうなんだよ。男ももちろん可愛い。全員可愛いんだが、なんだか飛びぬけて可愛いんだよな」
「わかりますよー。かわいさの種類がちょっと違うんですよねー」
こんな感じで小さな娘さんがいる騎士の方と愛娘トークで盛り上がっております。
ちらりと見ると、ピスティスが冷ややかなオーラを出しておられる。
なんせエレオス様の机の上の「処理前」の箱いっぱいだもんねぇ。
そのオーラを感じた騎士さんが、「あー、では」とか空気を呼んで部屋を出ていく。
「ピスティス。なんで機嫌が悪いんだ?」
「仕事が溜まっているからです」
「そんなのアウローラがいればちゃちゃっと……」
「終わっていないではありませんか」
おおぅ。今日は特別部屋が寒く感じますね。
「姫様を連れての入室を禁止にいたしますよ!?」
「そんなぁ……」
「今日はとにかくこの箱は空にしていただきますから」
ピスティスは「処理前」の箱をずいっとエレオス様の前に押し出した。
「では姫様は私がお預かりいたしますので」
エレオス様からピスティスの抱っこにチェンジ。
「俺の癒し!」
「今は必要ございません。私がお預かりいたします」
断固として曲げない意思を見せると、エレオス様がしょんぼりした。
「ピスティス。のどが乾いてそうなときはミルクを飲ませてくれ」
「畏まりました」
「あと、どんなにねだられてもおやつはあげないでくれ」
「畏まりました」
「あと、汗をかいたらこのタオルで優しく拭いてやってくれ」
「畏まりました」
「あと――」
「すべてお任せください」
ピスティスは途中で話を遮って、私を連れて部屋を出てしまったのでした。
「姫様。エレオス様たちのおしゃべりに付き合っていてつまらなかったでしょう?」
「うー」
ちょっとね。もう4人目だったからね。うん。
「城で遊んでいましょう。そろそろルークス様とルーチェ様のお勉強が終わる時間ですから」
ピスティスは私を連れて城のメイドさんの所へ行って、プレイルームを整えるようにお願いした。
メイドさんが整えてくれた敷物の上で、私はピスティスと鬼ごっこ。
ハイハイして逃げて、捕まったらくすぐられてまた逃げて。
きゃーきゃーいって遊んでしまった。
くすぐりって息が出来なくなるくらい笑っちゃうよね。
あとは歩く練習に付き合ってもらった。
ぐらぐらするけど手を貸してもらうといくらか歩けるんだよね。
汗をかいた私は上着を脱がせてもらって、エレオス様に託されたタオルで顔を拭いてもらう。
ぬるいミルクをちゅーちゅー飲んで休憩していたら、横でピスティスが手をポンっと鳴らす。
開いた手から、小さな青い鳥が2匹現れた。
「うっうー!!」
「魔法で出来た鳥さんですよ」
「うーうー!」
「これは『手紙』です。お互いに名前を知っている者同士で送りあうことが出来るんです」
ピスティスが手を上げると2匹の鳥は並んで遠くへ飛んでいった。
「ルークス様とルーチェ様に姫様がここにいることお知らせしておきますから」
なるほど。すごく便利な魔法なんだね。
「ところで姫様」
「うー?」
「ピスティスとはまだ呼べませんか?」
真剣な顔で言うピスティス。かわいいなオイ。
「ピスティスですよ、ピスティス」
残念だけど、口がまだ回らないんだよねぇ。
「ぴー」
ピスティスが目を見張る。
「ピスティス」
「ぴー」
ピーは言えるんだよ。ピーは。
「ピスティス」
「ピー……シュ」
だめだ。スがむずかしいんだよスが。それが2回出てくる上にティなんてもっと高難度だ。
「まだダメですか……」
残念そうなピスティスには申し訳ないが、まだ1歳にもなってない幼児にはちょっと……。
「ピスティス。あなたの名前はまだ姫様には難しいですよ」
「母上」
ピスティスが私に練習させているところ、アンナが近くで見てたみたい。
くすくすと笑われてピスティスちょっと赤くなってる。
「私にこんな難しい名前を付けるから……」
「なんだい?気に入らないのかい?」
「そういう訳ではありませんが、母上の『アンナ』は早く呼んでもらえそうですね」
「あはは。そうだね。呼んでもらえたら嬉しいだろうねぇ」
アンナはふくふくとした笑顔でにっこりとする。
「姫様、『にーに』はどうですか?言えそうですか?」
「にー」
「にーに」
「にーにー」
「いいですね。坊ちゃまたちがいらっしゃったら『にーに』と呼んであげてくださいな」
「にーにー。にーにー」
私は忘れないように練習した。
そして、家庭教師の先生が帰ってから慌ててやって来たルークスとルーチェが駆け寄って来た瞬間に、振り返って「にーにー」と呼んだ。
双子は時が止まった。
え?ダメでしたか?
笑顔付きで言ってみたんだけど?
2人は涙をぽろぽろこぼして泣き始めた。
待って、待って、なんで泣くのー!?
「アウローラのにーにだぁ」
「アウローラがにーにって言ったぁ」
なんでなんで?ダメな言葉だった?
アンナ?なんで笑ってるの?もしかして嘘の言葉教えた?
「アンナ~!」
「よかったですね、坊ちゃま方」
「うん!!!」
号泣しながらアンナに抱きつく2人。
あーよかった。感動してくれてたのか……。
そのあとピスティスの手紙によって呼び出されたヒンメル、シエル、ウラノス共に同じ状態になった。
流石に号泣まではしなかったけど、それでもポロポロ涙をこぼして抱きしめられた。
「ありがとう、アウローラ」
「今日は記念すべき日だ」
「この感動は一生忘れないよ」
こんなに喜んでもらえるならもっと言葉の練習して、早く呼んであげればよかった。と思ったんだけど、最後に訓練を終えてやって来たファイルーズに「にーにー」と言ったら、ファイルーズってば喜びのあまり立ったまま気絶しちゃったんだよね。
混乱でしかない……。
もう誰のことも呼ばないほうがいいのかもしれない……。
私は今日のことを振り返って、そんな結論を出したのでした。




