つかまり立ちと騎士の誓い
お披露目会から1か月後。
少し季節が巡って空気がひんやりしてきた今日、私は、つかまり立ちができるようになりました!
「アウローラが立った!」
目撃したヒンメルが珍しく大きな声をあげて驚いてる。
「本当だ!」
お兄ちゃんたちが大騒ぎしているうちに、ぽてっと座っちゃったんだけどね。
「アウローラ。もう一度!もう一度立ってごらん」
「あうー」
私はリクエストに応えて、またソファの端を掴んで立ち上がって見せる。
「ああ!なんてすばらしいんだ!」
「よくやったよ!アウローラ」
「坊ちゃまたち落ち着いてください!!」
お兄ちゃんたちに抱きつれてもみくちゃにされる。
アンナが止めてくれなかったら胴上げされてたかもしれない。危なかった……。
「おじい様たち残念だったね。もうちょっと居たら見れたのに」
おじいちゃんたち、1週間前に領地に帰っちゃったんだよね。
きっと見てたら号泣して喜んでくれたんじゃないかと思う。
「父上にも見せたい!」
「ルーチェ。父上は森だよ」
「いつ帰りますか?」
「……今回は討伐だからね。1週間は帰らないかな」
シエルの言葉に双子はしょんぼり。
「せっかくアウローラが初めて立ったのに……」
「1週間たったらもっとしっかりと立てるようになってるよ」
ヒンメルが双子を撫でて慰める。
エレオス様は騎士団を率いて魔物の森に討伐に出ている。
魔物が領の近くまで近づいてきているのが領民に目撃されたからだ。
今回発見された魔物はゴブリンという小人のような見た目の魔物らしく、人型で頭が良いのらしい。
ゴブリンは人の集まるところに来ては女子供を優先的に襲うらしく、被害が出る前、数が増えすぎる前に減らすのがよいとされている。
今回は目撃情報がもたらされてからすぐにフェイマーで偵察をし、上空からいくつかのゴブリンの集落を見つけたので、それを潰すためにエレオス様たちが森へと出兵したのだ。
お兄ちゃんたちが残念そうにしている中、私も以前に聞いたエレオス様の言葉を思い出して悲しくなる。
討伐には騎士見習いの子供たちも戦闘には参加しないものの、武器を運んだり食事の支度をする補佐の仕事をするために参加しているのだ。
出発前に元気に手を振ってくれたファイルーズや魔法の訓練を見せてくれた子供たちのことが思い浮かぶ。
誰も傷つきませんように。私にはそう祈ることしかできない。
「あ!アウローラのまゆげが下がってるよ」
「アウローラ。さみしくなっちゃったの?」
座り込んだ私の頭を、双子が優しく撫でてくれる。
「大丈夫だよ。父上たちはとても強いから」
ヒンメルも慰めてくれる。
「うー……」
私はヒンメルに引っ付いて、ちょっと涙をぬぐった。ぐすん。
翌日も、その翌日も、まだエレオス様たちは帰ってこない。
戦況は手紙によって逐一騎士団の本部に送られてくるが、細かい話は私には伝えられない。
ただみんな「大丈夫だよ」「上手くいってるようだよ」と笑顔で教えてくれるが不安だった。
食堂の空いてる席を見てはため息が出る。
あの大きな体のエレオス様がいないのだ。喪失感は大きい。
私が明らかに元気がなかったせいか、お兄ちゃんたちも騎士の訓練がないので領主のお勉強の合間によく顔を出して一緒に遊んでくれるようになった。
ルーチェとルークスは必ず一緒にお昼寝してくれる。
ヒンメルはお話を読んでくれる。
シエルはお絵描きを一緒にしてくれる。
ウラノスは抱っこしてお庭を走ってくれる。
そして、とうとう予定していた1週間が過ぎた。
私は朝からそわそわ。
ずっと体が動いているのでみんなにくすくすと笑われるけど、我慢できないのだ。
「すごいね。ずっと揺れてる」
「父上が帰ってくる前に疲れてしまうよ」
なでなでされて落ち着くように言われるが、これが落ち着いていられますか。
「ほら、アウローラ。ごはんがこぼれてしまうわよ」
カリダーデ様がスプーンを差し出してくれるのに、私がガタガタ揺れているのでうまく食べられない。
「うっうっうー」
「おしゃべりも後よ。先にご飯を食べてからですよ」
むぅ。
逆にみんなどうしてそんなに落ち着いていられるんだろうか。
エレオス様たちのこと、心配じゃないのかな?
エレオス様たちがいないのに、ずいぶんと明るいし通常運転だ。
帰って来るって連絡が本部の人から伝わっても、全然そわそわしてない。
なんでだろ?
何とか揺れながらもご飯を食べ終わって、待つこと数時間――。
「アウローラ。ほら、ファイルーズだよ」
「……うー」
ヒンメルからぬいぐるみを渡されてぎゅうっと抱っこしてもあのぬくもりがないのが悲しい。
「ほら。お人形遊びをしようか?」
「それともルーチェどっちだゲームする?」
お兄ちゃんたちが気を紛らわせようとしてくれるけど、私は窓をちらちら見てはそわそわ。
遅いなぁ……。大丈夫かなぁ?何かあったんじゃないかなぁ?
そんな気持ちが溢れてくる。
「う……」
「う?」
双子に覗きこまれる。
「うう……」
「あ!まずい」
ウラノスが私に駆け寄る。
「うあああああ~~~ん」
「ああ。泣いてしまった。大丈夫だよ、アウローラ」
「うひぃ~~~~~~~~~ん」
「アウローラ。大丈夫、大丈夫だからそんなに泣かないで」
ウラノスが抱っこしてあやしてくれるが私は涙が止まらない。
「うぎゃあああああ~~~~~~~~~ん」
「アウローラ、あんまり泣くと目がとけてしまうよ」
「兄さま、それはちょっと怖いのでは?」
「そうかな?よく母上に言われたんだけど」
カリダーデ様、結構怖い慰め方するんだな。
「あらあら。遠くまで泣き声が聞こえてますよ」
アンナが部屋に入ってきた。
「アンナ。アウローラが泣き止まないんだ。どうしよう」
「珍しいですね。アウローラ様はほとんど泣きませんのに」
アンナがウラノスに代わって抱っこしてくれる。
「ちちうえが帰ってこないから悲しくなっちゃったんだよ」
「あらあら、姫様。大丈夫ですよ。みんな無事にこちらへ戻ると連絡がありましたから」
連絡じゃなくて、ちゃんと顔が見たいんだよ~~。全員無事に帰ってきたところを見ないと安心できないんだよぉ~~。
「ぎゃううううううううう~~~~~」
私は何とか泣き止みたいのに、もう自分ではコントロールできないところまで来てしまった。
ギャンギャン泣く声を止められない。
「おお。こんなでっかい泣き声は出会った時以来だ」
すぐそばで聞きたかった声が低く響く。
「あう~~!!!」
私は泣きながら手を伸ばしてその太い腕に抱きしめられた。
鎧がごつごつしてるけどそんなこと気にならないくらい強く抱きしめる。
「ただいまアウローラ」
「あうーーー!!!」
「お帰りなさい父上!」
お兄ちゃんたちもエレオス様に抱きついて泣いた。
「なんだお前たちまで赤ん坊になっちまったのか?」
「うわーーーん!!」
「ただいま、みんな。いつもより心配かけちまったみたいだな」
しばらくみんなで抱き合って泣いた。
みんな落ち着いてた訳じゃなかったんだ。みんなも不安だったんだ。
でも、私がいたから不安を顔に出さないようにしてくれてたんだ。
その心遣いに気が付いてしまったらさらに泣けてきて、泣き止むタイミングを失った私は泣き続け、またも泣きつかれて眠ってしまったのでした。ぐぅ。
私が目覚めると、ファイルーズとエレオス様はシャワーを浴びてすっかり着替えを済ませていた。
2人とも石鹸のいい香りがする。
「ほら、アウローラ。俺にも立っているところを見せてくれ」
私が寝ている間にカリダーデ様かお兄ちゃんたちから立てることを聞いたんだな。
めちゃくちゃ楽しみにしていた顔してる。
食堂の角に作られた赤ちゃんスペースで、私は目の前に座るエレオス様の袖を引っ張って立って見せた。
「すごいじゃないか!」
「すごいです姫様」
エレオス様とファイルーズがぱちぱちと拍手してくれる。
ぽて。
ふぅ。ちょっとしかまだ立てないんだよね。
手を離したらすぐに座っちゃう。
だから尻もちついても痛くないように、ここにはふかふかラグが敷かれている。
「うんうん。ちょっと目を離したすきに成長するものだな、子供は」
ほくほく顔のエレオス様が座ったまま高い高いをしてくれる。
「きゃっきゃ!」
そうそう。だから目を離しちゃだめですよ~。もうすぐ歩いちゃいますからね。
「歩き出したらルークスとルーチェよりもお転婆になるかもしれませんね」
カリダーデ様がお茶を飲みながらくすくす笑う。
あの肖像画制作の時も一瞬も止まっていなかったという双子と比べらるとは。
「そうだな。大人しい子だと思っていたらとんだやんちゃ娘になるかもしれん」
「その時は私がお世話いたしますからご安心ください」
がっはっはと大口を開けて笑うエレオス様に向けて、ファイルーズが胸に手を置いて一礼する。
「なんだぁファイルーズ。もしかして『騎士の誓い』はアウローラにたてるのか?」
「もちろんです」
テーブルでカリダーデ様とお茶を飲んでいたお兄ちゃんたちがざわっとした。
もちろんエレオス様も目を丸くしている。
騎士の誓いってなんだろ?
頭にはてなを浮かべていたら、カリダーデ様がくすくすと笑う。
「ファイルーズ。騎士の誓いを立ててしまったらアウローラと結婚できませんよ?」
け、けっこん!?
「はい。その代わり、姫様の元から私は決して離れません。姫様が誰と結婚しようとも、どこへ行こうとも、死ぬまで、いえ、死んで血の一滴になろうとも姫様をお守りいたします」
重い!重いよファイルーズの気持ちが!!
なんでそんなに重いこと子供がいうかな?
「ファイルーズ!ファイルーズはアウローラが好きじゃないの?!」
「てっきりファイルーズが結婚するんだと思ってた!」
「ファイルーズが立候補すると思ってた」
「一番アウローラが懐いてるんだよ?」
「ファイルーズのぬいぐるみがないとねんねしないんだよ?」
お兄ちゃんたち落ち着いてください。あと恥ずかしいのでぬいぐるみの件は黙っていてください。
「心の底からお慕い申しております」
また、さらりと言ってのける。すごいなファイルーズ。
「ファイルーズがアウローラの騎士になってくれるなら安心だが……。うーん。結婚は、まあ、アウローラがしたいというなら……いや、待てよ……うーん。騎士じゃなくなれば……」
いや、真剣に悩まないでよエレオス様!!
結婚て!こんな年でなにいっちゃってるの?!
そもそもエレオス様ったら、どこにも嫁にやらーんっていって泣いてたじゃん!なんでファイルーズならオッケーなの?
「ファイルーズ。お前の本性は狼だからな。これと決めた相手は絶対に裏切らない。お前の忠誠はアウローラの力になってくれるのは理解しているが、騎士の誓いまであと6年以上ある。ゆっくりちゃんと考えなさい」
「はい」
「まずは騎士見習いをこのままきちんと勤め上げること」
「はい」
なにを言われてもにこにこ顔で返事をするファイルーズ。
私がちらりと横目で見るとこちらを向いてさらにニコッと笑う。
絶対この子、意思を曲げない顔してるわー。
頑固そう。
騎士の誓いがとても重いものなのはわかったけど、そもそもなんでファイルーズってばこんなに私に心酔してるんだろ?
私も自分を見つけてくれたファイルーズは特別な人だけど。うーん。なんか運命的なものを感じたのかなぁ?
「姫様は私の忠誠を捧げるにふさわしい人ですよ」
ファイルーズにこそこそ内緒話された。
またこの子、私の心読んだわ。
ずるいずるい。ファイルーズにはなんでも筒抜けじゃん。
私は突っ伏して顔を隠した。
「あ、照れてる」
お兄ちゃんたち、わかっててもそういうことは言わないでちょうだい!!




