精霊王の加護と騎士団の役割
コツコツ。
コツコツ。
朝ご飯を食べ終わって皆が食後のお茶を飲んでまったりとした時間を過ごしていると、食堂の窓ガラスに何かが当たる音がかすかに聞こえてきた。
私は何気なく窓を見てびっくりした。巨大な角を持つ鹿がそこにいたからだ。
その鹿は器用に枝分かれした角で優しく窓をノックしている。
コツコツ。
「なんだ、シモン。もう迎えに来てしまったのか」
ルーフルクドゥス王が残念そうに窓に向かってゆっくり歩く。
「シモン。いつも言っているだろう?宴会の翌日はゆっくり迎えに来てくれって」
窓を開けながら鹿に話しかける。
「フフー」
「まだ朝だよ」
「フフー」
「なんだい?お前もアウローラに会いたかったのかい?」
「フフー」
ちょっと前足をあげながら、シモンと呼ばれた鹿は空いた窓から部屋に入りたそうにしている。
「アウローラ。この子はシモン。君に会いに早く迎えに来てしまったようだ」
私はカリダーデ様からルーフルクドゥス王に渡されて、窓の外にいるシモンに近づいた。
「あうー」
にこっと笑ったら、シモンにべろりと顔を舐められた。
あ、デジャヴ。
シモンは私の服をあぐっと咥えて嬉しそうにしている。
「ダメだよ、シモン。持ち帰ってはいけない」
やっぱりお持ち帰りされそうになった私。
なんでみんな持って帰ろうとするんだ。
「アウローラを返してください、シモン様」
お兄ちゃんたちが慌てて駆け寄ってくる。
「シモン、アウローラはプテリュクスでとても大切にしてもらっているから大丈夫だよ。ねえ?アウローラ」
「うんぶー」
私が「大丈夫だよ」という気持ちを込めて返事すると、シモンは渋々という感じで服を離してくれた。
「もう少し大きくなったらきっと森にも遊びに来てくれるから待とうね」
「フフー」
名残惜しそうなシモンの頭をルーフルクドゥス王が撫でて慰める。
「まだ私は話がしたいから、アウローラと遊んで待ってて」
「フッフー」
シモンは私をちょいと咥えて窓から外に出してしまった。
「シモン様!私たちも行きます!」
お兄ちゃんたちが慌てて部屋を出ていく姿を見ながら、私は子猫のようにシモンに咥えられてお庭に向かったのでした。
おにいちゃんたちー。早く来て―。なんかぶらぶらしてるー。
「きゃっきゃ!」
私はお庭に寝そべるように座っている、大きな大きな鹿に抱きついて遊んでおります。
シモンの毛は短くて硬くてあったかくて、干し草の香りがしてそれもいいんだよねぇ。はふぅ。
「シモン様がこんなにも触れるのを許してくれるところ、初めて見たよ」
ウラノスが感心したように言う。
「まず座ってくださらないから」
シエルがくすくすと笑って同意する。
シモンったらお馬さんくらい大きいものね。子供だとシモンの足しか触れない。
「ぼくたちもシモン様に触ってもよいですか?」
双子のお願いに、シモンは「フフー」と目を閉じたまま返事をしてくれる。
基本的にシモンは鼻息でしか返事しないけど、これはいいってことだね。
お兄ちゃんたちも恐る恐るといった感じで手を伸ばし、ふかっとシモンの毛に手を触れさせて喜んでいる。
優しいね、シモン。
私がシモンの首をトントンと優しく叩くとシモンの角がほのかに光る。
「うー!」
私がびっくりして声をあげると、シモンの角の周りに小さな光が集まってきた。
光はあの蛍のような小さな光だ。
精霊のちびちゃんたち、今はシモンの角の周りにくっついて遊んでるみたい。
ちいさな光がシモンの角を飾ってクリスマスの飾りみたいになってる。とってもかわいい。
手を出すと、わらわらわらっとこっちに集まってくれる。
「きゃーう!」
私がじたばた喜ぶと、光がふわふわ飛んでいく。大人しくすると集まってくる。楽しい!!
じっとしてなきゃいけないのに、楽しくってじたばたがやめられない。
「アウローラは精霊にも好かれているんだね」
「素晴らしいよアウローラ」
お兄ちゃんたちは私の頭を撫でてくれる。
「僕たちも精霊に好かれる方だけど、こんなにたくさんの種類に囲まれることはないからね」
ウラノスが自分に近づいてきた赤の光の粒をツンツンとつつきながらにこにこしている。
「将来はきっと、いい魔法使いになるよ」
魔法か。今は使っちゃダメなんだよね。
私は昨日、訓練場で見た騎士見習いたちの魔法を思い浮かべる。
たぶん魔法って呪文も大事だけど、それよりももっとイメージが大事なんだと思う。
訓練場で実際に魔法を見たし、前世で漫画とかアニメで魔法って言うもののイメージが映像であるから、頭で魔法をわかってしまってるんだと思う。
だから呪文を唱えないといけないのに、使おうと思っただけで魔法が発現しそうになった。
実際は魔力を放出しそうになっただけらしいけど。
「アウローラ。まだ魔法つかっちゃだめだよー?」
「あう」
双子に声をそろえて言われる。あれ?魔法のこと考えてたのバレちゃった?
「あんまり早く魔法使うと体がイタイイタイってなっちゃうんだよ」
「そうだよ。アウローラ。じゅもんってとってもだいじなんだよ」
双子が口々にいう。
わかった。呪文が唱えられるようになるまでは魔法はお預けだね。
私は力強くうなずいた。
「アウローラ」
気が付いたら背後にルーフルクドゥス王がしゃがんでいた。
急に声をかけられてびっくりしたー。
「名残惜しいけど、お暇するよ」
お兄ちゃんたちがさっと立ち上がって礼をすると、シモンは「よっこらしょ」と言いたくなるようなゆっくりとした動作で立ち上がる。
「アウローラ。次は奥さんに会いに来てほしいな」
「うんぶー?」
「そう。私の奥さんは森から出られないからね。アウローラに会いに来てほしいんだ」
「あう!」
「じゃあ約束だ」
ルーフルクドゥス王に手を握られて、握手する。すると、私の手を包んでいたルーフルクドゥス王の手がホワンと光ったように見えた。あれ?精霊のちびちゃんがくっついてたのかな?
「あ」
後ろから近付いてきたエレオス様の声が聞こえた。
「ルーフルクドゥス王!」
「なんだい?エレオス」
「幼子と簡単に『約束』などしないでいただきたい」
「何故だい?」
焦るエレオス様ににこにことしらばっくれるルーフルクドゥス王。
「精霊との『約束』は、絶対に破棄できない契約ではありませんか!ましてや王ともなれば命を賭けるべき約束になる!」
「いいではないか。そんなに難しいことは約束していない。奥さんに会いに来てほしいってそんなに難しくないよ?」
「難しい、難しくないではありません。契約には代償が伴う。本人に説明せずに約束などしてはいけません」
「大丈夫さ。さっきも言っただろ?私とアウローラは『対等』だ」
「……」
対等。精霊王様と?
てか、命を賭ける約束って言いました?
私聞いてませんけどー???
「アウローラ。私はいつでも森から君を見守っているからね。困ったことがあれば頼りなさい」
話は終わったとばかりにルーフルクドゥス王は私を抱き上げておでこにキスをする。
「私のことは、ルーと呼びなさい」
「あーう」
私がありがとうの気持ちを込めてお辞儀すると、ルーフルクドゥス王が複雑そうな顔をした。
「やっぱり持って帰ってはいけないかい?」
「ダメです」
カリダーデ様がきっぱりと断った。
「残念だ」
しょぼんとしたルーフルクドゥス王は私をカリダーデ様に渡すと、さっとシモンに飛び乗る。着物だから横座りだ。
「アウローラ。森に来てくれるのを楽しみにしているよ!」
大きく手を振ってルーフルクドゥス王はシモンに揺られて帰って行った。
「ダメですね。しっかり『約束』が絡みついてます」
二日後。
騎士のエリアに連れられてきた私はエレオス様の執務室でソファに座り、銀のメガネをかけたピスティスに向かいからじっと見つめられているところです。
こういう類の魔法を視るのが上手いのがピスティスらしく、お休みが終わるのを待ってたんだよね。
「やっぱりか」
「はい」
ピスティスはメガネをはずすと反対の手で目頭をきゅっとつまんで目を閉じた。
とっても眩しいものを見たあとみたいになってる。
目薬を差し入れしてあげたい。
ルーフルクドゥス王は私に「ルー」という愛称を呼ぶ許可を出した。それはとてつもなく強力な精霊王の加護なのらしい。
そしてそれが「森に会いに行く約束」をより強固にしてしまったということです。
私どーなっちゃうんでしょう?
「ただの精霊ではなくて、精霊王様ですからね」
「精霊王様のイタズラか」
私を抱っこしたままソファに深く沈み込むエレオス様。
「精霊はだいたいイタズラ好きですが、精霊王ともなると強力ですね」
「約束の期限はないんだな?」
「ええ。期限の類は見つけられませんでしたが、発動条件はありました」
「発動条件?」
「姫様が会いに行こうとしたら精霊の森に転送されるようになってます」
「なに!?」
エレオス様が勢いよく私を抱っこしたまま立ち上がる。
「あとは、姫様の危機に体内の精霊が反応した時には森の中へ連れ去るように指示されているようですね。これは体内の精霊がいる限りは続きます」
「なんとまぁ……」
「精霊王様の溺愛ぶりがよくわかりますね」
「アウローラを森で引き取りたいと何度も言っていたが、本気だったとは……」
ルーフルクドゥス王ってば、そんなこと言ってたんだ。
エレオス様がソファにゆったりと腰かける。
「何かあったら精霊の森に避難できる加護はありがたい。いくらいま平和だと言っても、辺境では何が起こるかわからないからな」
「ええ。姫様だけでも避難できる手段があるのはいいことです」
ええー。私だけ逃げるの?だめだよそんなの。
「うーうー」
抗議の意味を込めてエレオス様の髭を引っ張っておいた。
「いたた。こらアウローラ。落ち着きなさい」
「うー」
「うーじゃない」
手を取られてぎゅっと抱っこされる。
「アウローラ。いいか?お前が私の言葉をわかってくれていると思うからちゃんと説明するが、この北方の辺境は「魔物の森」と多く接していて、非常に危険な場所にあるんだ」
「うー」
「まだ魔物を見たことがないから危ないことが分からないかもしれないが、魔物というのは非常に危険な生き物だ。もちろん、この辺りの獣もほかの地域より大きく成長するから危険だが、魔物とは比べ物にもならん」
寒い地域の方が動物のサイズが大きくなるってどこかで聞いたことがあるな。
ホッキョクグマ、普通のクマより大きいものね。
「魔物は積極的に生き物を襲うし、群れる。知恵もあるし非常に厄介な存在だ」
「あう」
「その魔物たちを狩り、数を調整して森全体のバランスをとるのが我々騎士団の主な役割でもあります」
ピスティスが胸に手を置いて補足してくれる。
「数を減らさないまま放置していると、魔物は魔核が大きくなりすぎて狂う。その狂った魔物が溢れて人里に大量に降りてくることがある。それをスタンピートというんだ」
お腹がざわざわする。
私のお腹の中の精霊たちが暴れてるみたい。
「スタンピートが起こらないよう俺たちは日々森に向き合っているが絶対はない。そして、スタンピートが起きたら、真っ先に俺たち騎士が先頭に立って戦わなければならない」
「うぅ」
「絶対に、誰も死なないわけじゃない。辺境に住む民はみな戦えるが、それでも子供や年寄りやけが人もいる。その者たちも守らなければならない。それは俺たち領主の役目でもある。カリダーデは城で人を守り、俺は森で戦う。そして、ここが襲われて危機に陥ったなら領を捨て、逃げれるものは他の領に逃げるんだ」
「うーうー」
私はひしっとエレオス様に抱きついた。
そんな怖いことが起こらないで欲しい。
みんな笑っててほしい。
このきれいなプテリュクス領が壊されてほしくない。
私は想像だけで怖くなった。
「アウローラ。俺の大事な娘。何かあれば俺たちを捨ててでも生きるんだ。絶対にあきらめてはいけない。必ず生き残るんだよ」
私はこの辺境はとても暖かくて優しくて、厳しいのだということをひしひしと感じた。




