始まりは突然に
遡ること数日前。
私は婚約者のユーリ様と学園の中庭でお茶をする約束をしていた。
中庭に向かう最中、廊下で何かに躓き、転んでしまった私は前世を思い出してしまう。
「何…これ…」
目まぐるしく、自分の中で記憶が入り乱れる。
知らない世界女性が幼い兄弟達の世話と家事をしながら学校に通っていた。
これは私だ。
そうだ!思い出した!
私は前世では篠崎真理と大学生で貧乏な家庭で生まれ育った。
常に家にはお金が無く、共働きの両親の代わりに幼い3、4人の弟、妹達の世話をしながら家事をし、大学の学費を稼ぐために週末の休みはバイト三昧して、休む暇なんて無かった。
両親、家族達は優しく暖かな家庭だったが、お金が無いというだけで大学ではいつも昼食は質素なご飯、くたびれた服を着ていた為、孤立して周囲から常に馬鹿にされ続けた。
それでも私は大学を卒業して教師になりたかった。
家庭教師のバイトをしている時、人に教えることは嫌いではなく、寧ろ楽しかった。
それに公務員になれば給料もそれなりに貰える。
少しでも家族の役に立ちたかった。
だけど、大学二年の春。
私は重い病気になって亡くなってしまった。
唯一の私の心の拠り所は小説を読むことだった。
寂しい病室の中で本を読む間だけは病気のことを忘れることができた。
特にその中でも『人魚の涙』という小説が好きだった。
主人公の人魚の姫のアマリアが王子に恋をして、一途に彼を思い、彼にアプローチしながら人間を信用していない王子の心を溶かしていくのだが、最後は恋が実らず消えていってしまう。
こんなに健気に、一途に頑張っているのに消えてしまうなんておかしい!
心が純粋で真っ直ぐで、澄んでないこの子は絶対に幸せにならないと駄目なのに!
そんなことを私は強く思っていた。
だけど今の私はハルカ・ゴーダニーという名の伯爵令嬢だ。
そしてハルカは『人魚の涙』に出て来る王子の婚約者。
物語の中では彼女はアマリアから王子を奪われたくないが為にハルカは身体を使って王子を誘惑して色仕掛けをし、既成事実を作って最後二人は結婚してしまう。
なんという女だ!
身体を使って相手を籠絡するなんて。
王子も王子だけど……。
「私がやるべきことは一つだわ…」
前世を思い出した以上、私はこの世界でやることがある。
それは人魚の姫のアマリアの恋を成就させること。
私はハッピーエンド主義者。
悲恋で終わらせない。
幸いまだアマリアは現れていないし、王子であるユーリ様も籠絡なんてしていない。
まだ何とかなる。
そうと決まったら行動あるのみよ!
私は中庭と反対方向へと颯爽と歩き出した。




