第七話 怒髪冠を衝く(俺史上最大の怒り)
俺、月見里栄太が別所響と付き合うようになってから、夏休みを挟んで二カ月ほど経った。
今年の夏は、控えめに言って最高だった。趣味の合う恋人と過ごす時間に、俺は俺史上最高の充実感を覚えた。こんな時間が永遠に続けば良いと思った。
しかし、至福の時間を過ごせた期間は、存外に短かった。
二学期が始まって直ぐ、俺達の関係に暗雲が立ち込めた。その原因は、俺ではなく響に有った。
響は、人前で笑わなくなっていた。
俺といるときも俯きがち。誰とも視線を合わさない。話し掛けても反応が無い。精々相槌を打つくらい。
今の響を見ていると、俺の眉と口が歪んだ。
俺、何か響に嫌われるようなことをしたのか?
俺は響に理由を尋ねた。何度も尋ねた。その度に、響は首を激しく横に振った。
「何でもないです」
何でもない。その言葉を鵜呑みできるほど、俺はお人好しではなかった。
響の変調の原因を探る。その為に、俺は文芸部の一年生(男子)に声を掛けた。すると、その男子、道明寺大吉の眉が「八」の字に曲がった。
「言おうかどうか、迷ってました」
大吉は、俺に頭を下げながら、自分のスマホを取り出した。続け様に画面を操作して、ラインの一年生専用グループを表示した。
それが俺の視界に入った瞬間、
「!?」
俺は大きく息を飲んで目を見張った。
そこには、とある女子生徒に対する罵詈雑言が書きこまれていた。その女子が誰なのか? 考えるより先に、俺の脳内に響の顔が閃いていた。
「どういうことだ?」
俺は大吉のスマホを見詰めながら大吉を詰問した。すると、大吉は「すみません」と謝罪した後、事の次第を説明し出した。
「始まりは、一個のメッセージでした」
一年生の陽キャギャルが投稿したゴシップネタ。
その内容は「一年生の女子が二年生のベストカップルから男子を奪った」というもの。一応、メッセージ内の登場人物は匿名になっている。
しかし、誰のことを言っているものかは、俺でなくとも分かる。
そもそも、俺達二年生で「ベストカップル」と言われている男女は俺とズゥちゃんだけ。
その不本意な評価を受けるようになってから、それなりに時間が経過している。一年生のところまで伝わっていたとしても不思議は無いのだろう。
このガセネタ以外にも、それと分かる特徴的な箇所が有った。
件の一年生の匿名が「きっしょ」。
この僭称は、響の名字(別所)を捩っているのだろう。
これらの事実を知って、俺の頭が重くなった。脳が痺れた。その変調の意味が、俺の口を衝いて出た。
「最悪だ」
二年生の中には、未だに「俺とズゥちゃんが付き合っている」と信じている生徒がいる。その上、俺は「響と付き合っている」ということを喧伝していなかった。
俺のせいだ。
俺の脳内に、響に対する謝罪の言葉が溢れた。しかし、俺が覚えた自責の念は、直ぐに別の感情に塗りつぶされた。
ゴシップネタが掲載されて以降、響(ライン内では『きっしょ』)に対する誹謗中傷ネタが投稿され続けている。
その内容は、俺から見れば嘘だらけ。しかし、それを信じたくなる要素が、幾つも盛り込まれていた。
ネタの発信源が、学年カースト最上位の陽キャ達。反論する生徒がいない。
ネタの中には僅かばかりの事実が入っている。それを保証する生徒がいた。
嘘も百篇言えば真実になる。
例え明らかな嘘であろうとも、否定されずに肯定され続ければ、頻度に比例して信じる者も増えていく。
「一年生の間では、別所は悪女になってるんです」
大吉は、苦虫を噛み潰したような渋面を浮かべて吐き捨てた。大吉も、文芸部仲間を蔑まれて腹を立てている様子。その想いに共感を覚えずにはいられない。
しかし、今は状況確認が最優先。
俺は大吉を宥めながら、彼が知る全ての情報を引き出した。それを簡潔にまとめると以下の通り。
響を攻撃している主要メンバーは、学年カースト最上位の陽キャグループ。その為、他の一年生達から響を擁護する声は上げ難い。
幾つかの学級では、担任の口から「学年に最低の女がいる」という話が有った。クラスの学級日誌に響の悪行が書き込まれていたようだ。
担任達は、犯人捜しはしなかった。「そういうことが書いて有った」とだけ伝えている。しかし、それを聞いた生徒達は真に受けた。
こうして、学年内で「響きをイジメる土壌」が固められた。
響に対して嫌がらせが行われても、誰も止めなかった。
響が罵詈雑言を浴びせられても、誰も何も言わない。
響の私物が落書きされても、破壊されても、ゴミ箱に捨てられても、皆見て見ぬ振りをし続けている。
響が泣いていると、殆どの生徒が薄ら笑いを浮かべて眺めているだけ。
響が受けている責め苦を、世間では「イジメ」というのだろう。しかし、そんな軽い言葉で済ませて良いものか?
「絶対に、許さん」
俺は全力で彼女を守ることを決意した。響を攻撃する全ての敵を排除してやる。




