第六話 嵐の前の静けさ(嫌な予感がする)
俺、月見里栄太は別所響と付き合うことになった。当然ながら、一層彼女と過ごす時間が増えた。
尤も、学校にいるときは今まで通り。昼休みも別々だ。互いに付き合っていることも(秘密ではないが)喧伝しなかった。
俺達の関係を知らない生徒は、存外に多い。その中に、ズゥちゃんも含まれている。
ズゥちゃんとは、今もスマホでメッセージのやり取りをしていた。尤も、事前に「家ではスマホを見ない」と伝えている為、頻度は低い。俺からの返信も相槌を打つ程度。話題を振ることも無い。
そもそも、相手は俺をフッた女子。ズゥちゃんのメッセージを見る度、俺の首は斜めに傾く。
何で、ズゥちゃんは俺にかまうんだ?
それなりに時間は経っているものの、未だにズゥちゃんの意図が理解できない。分からない為、真面な対応ができなかった。
こちらから話題を振らない為、響のことも伝えていない。そもそも、伝える義務も理由も無いだろう。
俺にとって、ズゥちゃんは「俺から離れていった幼馴染」。だからこそ、現況に付いて考える度、眉根も首も曲がっていく。
この意味不明なやり取りを、このまま続けて良いものか?
俺はズゥちゃんのメッセージを見ながら頭を抱えた。どうしたものかと悩んだ。
しかし、何かせずとも良かった。
俺の悩みは意外な形で解消、終息した。
七月の初旬。俺が響と付き合うようになって、数日経った或る日のこと。
この日、俺は響と一緒に登校するつもりだった。昨日の内に「俺が迎えに行く」と約束している。それを叶えるべく、俺は少し早めに家を出た。
その直後、俺の視界に意外な光景が飛び込んできた。
家の門の先に、山之上高校生(女子)の姿が有った。
その女子生徒は、派手な金髪をしていた。際どい衣装を身に着けていた。絶対に、響ではない。
女子生徒の姿が目に入った瞬間、俺の口から相手の名前(愛称)が飛び出した。
「ズゥちゃん?」
俺が名前を呼ぶと、ズゥちゃんは満面の笑みを浮かべた。その吊り上がった口が開いて、そこから朗らかな声が飛び出した。
「今日から一緒に登校できるよ」
ズゥちゃんは、二本の脚でシッカリ地面を踏み締めている。
右足にはギプスも包帯も無い。足の指の骨折は完治したのだろう。その事実を、俺はたった今知った。しかし、「おめでとう」とは言えなかった。
「…………」
俺は言葉を無くして固まった。俺の様子や反応は、ズゥちゃんの視界にハッキリ映っていた。彼女は「あはは」と笑った。
「吃驚した?」
ズゥちゃんは、俺を驚かせる為に骨折の完治を内緒にしていた。その可能性を想像しながら、俺は小さくコクリと頷いた。その反応もまた、ズゥちゃんの視界に映っている。
「へへっ」
ズゥちゃんはニヤリと笑った。したり顔のまま、俺の方へと近付いてくる。俺は固まったままだ。
俺が動かずにいると、ズゥちゃんの白い右手が俺の左手に伸びた。その行為を見て、俺は「腕を掴まれる、或いは絡められる」と直感した。しかし、そうはならなかった。
ズゥちゃんの右手が伸びた瞬間、俺の耳に聞き覚えのある声が飛び込んだ。
「おはようございます」
その声を聞いた瞬間、ズゥちゃんの手が止まった。その事実を直感しながら、俺は声の主に視線を向けた。すると、俺の視界に山之上高校生(女子)の姿が映った。
生来の黒髪に、学校指定の制服。或る意味、山之上高校生に相応しくない外観だ。ズゥちゃんとは真逆の意味で目立つ。
その女子生徒を見た瞬間、俺の口から彼女の名前が飛び出していた。
「響」
俺が名前を呼ぶと、響の顔にハニカミの笑みが浮かんだ。その僅かに吊り上がった口が開いて、彼女がこの場に現れた理由を告げた。
「あの、こちらから来ちゃい――ました」
時間になっても俺が現れないから、響は心配したのだろう。その可能性を想像すうると、俺の眉が「八」の字に歪む。
これ以上、響に迷惑を掛ける訳にはいかない。
俺は響の許へと脚を踏み出した。その際、至近にいたズゥちゃんの横を通り過ぎている。そのまま離れて、響に接近――しようとした。
その瞬間、ズゥちゃんの声が上がった。
「待って」
俺は止まった。続け様に振り返ってズゥちゃんを見た。
ズゥちゃんは、俺の家の玄関の方を向いたまま固まっていた。こちらには背中を向けている。その状態を維持したまま、ズゥちゃんは俺に向かって声を上げた。
「何? どういうこと?」
ズゥちゃんの声は震えていた。その声を聞いた瞬間、俺の背筋に悪寒が奔った。それと同時に脳が痺れた。嫌な予感がした。
しかし、答えることは躊躇わなかった。
「俺達、付き合っているから」
俺は正直に、ズゥちゃんに向かって「響との関係」を伝えた。
その直後、ズゥちゃんの体がビクリと大きく震えた。その変調は、俺の視界に映っていた。しかし、俺は何も言わなかった。
俺が黙っていると、ズゥちゃんの声が上がった。
「何――で?」
震える声が、俺の鼓膜を震わせた。その言葉の内容も、何となく理解できた。俺の脳内には「響が好きだから」という答えも閃いている。しかし、
「…………」
俺は何も言わなかった。ズゥちゃんから顔を背けて、響の方へと歩き出した。俺と響との距離が、ドンドン近付いていく。
俺の視界には、響の顔が映っていた。
眼鏡を掛けた響の瞳には、俺の顔が映っている。
俺は苦笑していた。いや、無理に笑おうとしる。その歪な表情を見ると、何かを堪えているような印象を覚えた。
しかし、俺の想いを吐露する気にはなれなかった。
俺は歪な笑みを浮かべながら、響に向かって声を上げた。
「行こう」
俺が声を掛けると、響はコクリと小さく頷いた。その瞬間、家の玄関口から息を飲む気配が伝わった。その反応を直感して、振り向きたい衝動に駆られた。
しかし、俺は堪えた。無視した。
俺はズゥちゃんの方を見ないよう、彼女の姿を視界に入れないよう意識しながら、学校に向かって歩き出した。すると、響も一緒に歩き出した。
俺達は、二人並んで登校した。
その際、俺の後頭部に鋭い視線が突き刺さった。痛かった。気付かない訳がない。しかし、俺は全力で無視した。ずっと前だけ向いていた。
これで良い。俺は響を選んだのだから。
この出来事以降、登下校時にズゥちゃんの姿を見ることは無かった。ズゥちゃんからのメッセージも途絶えている。
それらの事実に対して、俺は「ほっ」と胸を撫で下ろした。
これで、意味不明なことに悩まずに済む。
実際、ズゥちゃんのことで悩まずに済んだ。しかし、別の悩みが発生した。
暫く――凡そ二か月ほど経った頃、響の様子がおかしくなっていた。




